2013/08/19

日本の教育課題と展望 第1回 社会が求める人材育成と高等教育の使命[1/4]

いま日本が目指すべき教育とは何か
急速にグローバル化が進む社会で求められる人材像とは
小中高生の学びはどのように変わっていくのか、教師はどうあるべきか
最新の教育トレンドを内外の第一線の識者に聞く「教育フォーサイト」。
第一弾は日本学術振興会理事長の安西 祐一郎氏に聞きました。
聞き手 : ベネッセ教育総合研究所理事長・新井健一
※上の写真をクリックすると動画が流れます。

ムラ社会からマチ社会へ

 新井 「日本の教育課題と展望」という非常に大きなテーマですが、最初に今の日本がどのような変化の中にあるのかお話しいただけますか?
 安西 ひとことで言うと、世界の中のムラ社会だったのがこれからはマチになるということですね。よくグローバル化と言われますが、その特徴はヒトやモノや資金や情報のほんの少しの動きでもすぐに世界中に影響するということです。その一方で、日本は東洋の島国であり、世界で唯一日本語が公用語の国です。同じような文化の背景を持った人たちが同じような言語を話し、似た考え方を持った人たちが一緒に暮らしています。だからこそ話さなくても意思が通じるという感覚があり、安心して暮らせる社会だと感じる面がある。実際、世界の中では凶悪な犯罪の少ない国だといってよいと思います。その社会が、世界の急速なグローバル化のなかで好む好まざるにかかわらず開かれていく。それが、ムラがマチになるということです。
 新井 なるほど。マチになると何が起きるでしょうか。
 安西 マチでは、知らない人が横にいるかもしれません。知らない人とことばではっきりと挨拶もしなければならない、場合によってはその人と友達にならないといけない。もしかしたら悪い人がいるかもしれません。しかし、自分を活かす機会も、むしろムラ社会よりずっとたくさんあるでしょう。自分が主体性をもってチャレンジすれば、一度しかない人生を有意義に暮らしていける可能性も高い。ムラがマチになっていく時代に自分の力を発揮でき、幸せに暮らせるようしていくにはどうしたらよいか、ということですね。
 もちろん所得格差や障がいなどによって教育の機会を奪われないようにするセーフティネットの強化はきわめて大切です。いずれにしても、社会や時代の変化を悪く捉える必要はありません。大変だというより、むしろ誰もがチャレンジできる社会が来たと考えるべきです。明治以前の封建時代は、極端に言えば生まれがその人の一生を決めていました。しかし明治時代になってからは、努力をして自分の力を発掘していく道を選べば、その人の人生が開かれていくようになりました。ある意味で、それと似たような時代が来ているということです。
 新井 安西先生は「予見不可能な時代」とよくおっしゃっています。例えば人口問題、エネルギー問題、高度情報化の問題など、今まで経験したことがない問題に対して、日本人も積極的にマチへ出て解決していく姿勢が必要ということですか。
 安西 そうです。ただ、今だけが特別なのではなく、いつの時代も予見不可能です。むしろ、自分の目標を持って主体的に努力すれば報われる時代が来たと捉えるべきだと思います。

求められる知情意の総合力

 新井 そのなかで日本の教育の課題はたくさんあると思いますが、その前に、日本の教育のよさ、評価すべきところはどんなところでしょうか。
 安西 いろいろなサービスでの人への接し方や、工場でのものづくりなど、とても誠実で、働くことに対して一所懸命な人たちがたくさんいます。大震災の時に被災した方々同士の思いやりや誠意ある行動は外国にも知られています。それは、ある面ではムラ社会の文化の良さでもあり、また日本の初等中等教育が長い間培ってきたものだと思います。
 いじめや学力格差のことなどいろいろな問題があることは事実ですが、総論としては、全国津々浦々、一定の学力をきちんと与えてくれる、そういう国はそれほど多くありません。それも日本の教育のよいところです。

安西 祐一郎

日本学術振興会理事長
前・慶應義塾長
あんざい ゆういちろう ● 昭和49年慶應義塾大学大学院博士課程修了。カーネギーメロン大学客員助教授、北海道大学助教授、慶應義塾大学教授等を経て、平成5年慶應義塾大学理工学部長、13~21年慶應義塾長、23年現職。文部科学省中央教育審議会大学分科会長、同学びのイノベー ション推進協議会座長、日本ユネスコ国内委員会教育小委員会座長、全国大学体育連合会長など。認知科学・情報学を専攻、長年にわたり学習、思考、コミュニケーションの情報学的研究に従事するとともに、人間の心と社会の問題に広く取り組んでいる。著書『心と脳』(岩波新書)、『教育 が日本をひらく』(慶應義塾大学出版会)、『認識と学習』(岩波書店)、『問題解決の心理学』(中公新書)、『知識と表象』(産業図書)ほか多数。