2020/03/27
[第1回] これからの社会に必要なデジタル・情報活用能力とは
赤堀 侃司 ● あかほり かんじ
東京工業大学名誉教授。一般社団法人 ICT CONNECT 21会長。特定非営利活動法人教育テスト研究センター(CRET)理事。著書に『AI時代を生きる子どもたちの資質・能力 新学習指導要領に対応』、『プログラミング教育の考え方とすぐに使える教材集』(ともにジャムハウス)など。
1.PISA調査から見えてきた情報活用能力育成の課題
新学習指導要領では、学習の基盤となる資質・能力の一つとして「情報活用能力」が位置づけられました。2019年12月、2018年に実施された「OECD生徒の学習到達度調査」(PISA2018)の結果が公表され、日本の子どもの読解力が過去最低の15位に後退したことが問題視されていますが、その一因がこの情報活用能力の不足と見られています。
PISAは、2015年調査から、コンピュータを活用した調査(CBT)に全面的に移行しました。ところが、日本ではペーパーテストが一般的で、子どもはCBTに慣れていません。さらに出題内容を見ると、日本の学校教育では扱わない、ブログやウェブサイトなどを題材とした問題が中心になっています。そうした要因が重なって、読解力の結果が低下した可能性は十分に考えられるでしょう。
2.これからの社会で求められる「読解力」とは
ここで考えたいのは、OECDはなぜ、読解力の問題として、今回のような内容・形式を採用したのか、ということです。その背景には、高度情報化が進展する現代社会において、コンピュータを活用して情報を集めて分析し、問題解決に取り組み、発信するといった情報活用能力が重要視されていることがあります。社会の変化とともに読解力のあり方も変わり、これまで重視されていた紙に印字されている情報だけではなく、デジタルデバイス上で情報を読み解き、活用する力が、今、求められている読解力なのです。
ですから、日本国内で「CBTに慣れていないのだから仕方ない。ペーパーテストならできるはずだ」と楽観視するのは、全くの見当違いです。PISAで出された問題に対応できる情報活用能力を育てないと、日本は諸外国からどんどん追い抜かれて差をつけられるでしょう。
3.デジタル機器を「学び」に活用できていない日本の現状
PISA2018の質問紙調査の結果にも、日本の学校教育の課題が表れていました。日本は、SNSやゲームといった遊びでデジタル機器を使用する割合が世界の中でも高い国の一つである一方、パソコンを活用する学校の授業の割合が最低レベルだったことです。
プライベートな用途でスマートフォンやタブレット端末を使いこなすのが悪いとは思いませんが、調べ学習をしてレポートを書いたり、動画や画像を使って発表資料を作成したりといった様々な学習に、パソコンがほとんど活用されていないのは問題です。これほど高度なツールを遊びにしか使っていないのは、実にもったいない状況です。つまり、今の日本は、「遊びから学習へ」というデジタルデバイスをめぐる学びの転換が求められているのです。
それは、決して難しいことではありません。PISA2018の読解力の問題をぜひご覧いただきたいのですが、「意外と簡単だな」と思う人が多くいるに違いありません。元々、日本の子どもの学力は高いですから、学びの転換にすぐに適応し、情報活用能力を高めていくことができるでしょう。
4.小学校のプログラミング教育の導入で何が変わる?
情報活用能力の育成については、日本でも教育改革が進められています。その一環として、2020年度から、小学校にプログラミング教育が導入されます。プログラミング教育が重要な理由の一つは、社会の仕組みの深い理解につながるからです。現代では、パソコンやスマートフォンはもちろん、家電や乗り物など、身の回りのあらゆるモノがプログラムに基づいて動いていますが、大人も含めてその仕組みを理解している人は多くありません。理解する必要がない社会を生きているともいえるでしょう。
実はそこに落とし穴があり、人間が道具を使っているつもりが、いつの間にか道具に使われているという状況になりかねません。IoTやロボット、AI、ビッグデータといった多様なテクノロジーが急速に進化する中で、これからの子どもに求められるのはそれらの仕組みを理解し、新たな仕組みを創り出していく能力です。
そうしたリテラシーが必要なのは、大人も同様です。テクノロジーに対して人間が主体であり続けるためには、我々も学び続けなくてはならないのです。
5.プログラミング的思考が現実世界の問題解決にも役立つ
小学校におけるプログラミング教育では、コンピュータやプログラミングの概念に基づいて問題解決に取り組む「プログラミング的思考」を習得していきます。それは、問題解決に求められる手続きを順序立てて考えるプロセスですから、日常的な場面にも適用できます。常に全体を俯瞰しながら目的の達成に必要な手続きを一つひとつ考えていく思考過程を通して、メタ認知能力の育成にもつながるでしょう。
プログラミング的思考を身につけるということは、特定のプログラミング言語を覚えなければならないということではありません。プログラミング言語を活用しながら、プログラミング的思考を深めていくという観点が重要です。いわばプログラミング言語は一種の方言のようなもので、それまでに自分が活用してきたプログラミング言語とは別のものが必要になったとしても、これまでの経験をもとに、新しく必要となったプログラミング言語を学ぶことは比較的容易でしょう。
6.1人1台のパソコン配備をきっかけに、学びの大転換を
学校に1人1台のパソコンを配備して、教育のICT化を推進する計画も動いています。パソコンに不慣れな教員もいると思いますが、心配はいりません。これからの教育では、何でも知っている教員が一方的に教えるのではなく、主体的に学ぶ子どもたちを横から支える姿勢が重要になるからです。
子どもが1人1台のパソコンを使いこなす状況になると、誰でも自分で調べればすぐに答えにたどり着けます。いわば、子どもの側に知識の詰まった箱を渡したことになるのです。
答えはすべてパソコンの中にあるのですから、従来のような答えを教える指導はあまり意味を持ちません。これからの教員の役割は、子どもが取り組みたくなる課題を設定して学びを方向づけたり、子どもに気づきを促すコメントをしたりする指導がより重要になります。
すなわち、学びの主体を教員から子どもへと大きく転換することが、ICT化により必然的に求められているわけです。そして、子どもが主体的にパソコンを活用して学んでいくことで、情報活用能力はますます高まっていくでしょう。
7.評価規準を取り入れて、教科横断的な議論を進める
今後、小学校では、各教科や「総合的な学習の時間」の授業を通して情報活用能力を伸ばすことが求められます。どのような資質・能力の育成にしても、目標と評価が欠かせませんから、情報活用能力に関しても評価規準を設けて、カリキュラム・マネジメントを検討するとよいでしょう。現状では、各教科等の評価において情報活用能力をどのように反映させるのかが明確にされていません。私は、「総合的な学習の時間」の評価の一部として、情報活用能力の評価規準を参考に具体的な記述を入れるとよいのではないかと考えています。
これからの社会に必須のリテラシーである情報活用能力について、教科を超えて学校全体で議論し、子どもと一緒に大人の側も成長していく意識で、指導の充実に向けて取り組んでいただきたいと思います。