筆者:Benesse教育研究開発センター 佐伯静香
Benesse教育研究開発センターでは、約5年ごとに小・中学生のいる保護者を対象とした「子育て生活基本調査」(*1)を実施しています。 3回目となる2007年の調査結果からは、保護者のしつけや教育に関する意識が、過去約10年で大きく変化していることが明らかになりました。今回は、その中から特徴的なデータをご紹介します。
みなさんは普段、子どもの意見や自主性をどれくらい尊重していらっしゃるでしょうか。周りで見聞きする限りでは、「なるべく尊重はするけれども、少なくとも小・中学生のうちは親が子どものことを決める」と考えていらっしゃるかたも珍しくないのではないかと思います。親として当然のように思えるこうした子育ての方針。実は、その時々の社会環境の影響を大きく受けていることが、Benesse教育研究開発センターの実施した「
第3回子育て生活基本調査」から明らかになりました。
【図1】は、家庭での教育方針をたずねた結果です。小学生の母親の回答を見ると、「親子で意見が違うとき、親の意見を優先させている」について「あてはまる」(「とてもあてはまる」+「まああてはまる」、以下同)と回答した割合は、9年前と比べて約11ポイント増加(51.8%→62.6%)、「子どもがすることを親が決めたり、手伝ったりすることがある」については14ポイントも増加(46.9%→60.9%)していることがわかります。逆に、「勉強のことは口出しせず、子どもにまかせている」は同じ期間に約12ポイント減少(45.7%→34.0%)。子どもに対する母親の関与が強まっている傾向がうかがえます。
【図1 家庭での教育方針】
Q. あなたのご家庭ではお子さまのしつけや教育について、次のようなことがどのくらいあてはまりますか。
一体、この10年足らずの間に何が起こったのでしょうか? 同じ調査の結果からは、背景に、教育に対する不安の高まりがあることも見えてきました。「教育に必要なお金はかけるようにしている」「子どもの教育・進学面では世間一般の流れに乗り遅れないようにしている」「子どもの将来を考えると、習い事や塾に通わせないと不安である」などの項目に「あてはまる」とする回答が、9年前と比べて軒並み6ポイント以上増加したのです。
教育に対する不安は、母親の学力観や成績観にも表れています。【図2】を見ると、1998年から2007年までの間に、「将来ふつうの生活に困らないくらいの学力があればいい」(60.4%→50.2%)、「学校生活が楽しければ、成績にはこだわらない」(41.1%→28.5%)が選択される割合はいずれも10ポイント以上低下しています。また、「高学歴よりも資格を身につけるほうが将来役に立つ」も、2002年から6ポイント近く低下しています(42.7%→36.9%)。
【図2 学力観・勉強観】
Q. お子さまの「学力や勉強」についてどのようにお考えですか。
一方、「できるだけいい大学に入れるよう、成績を上げてほしい」という比率は1998年より6ポイント近く上昇しており(14.6%→20.4%)、成績や学歴にこだわる母親が増えている様子がうかがえます。
こうした学力不安が広がり始めたのは、「ゆとり教育」の総仕上げとされた現行の学習指導要領(文部科学省から告示される公立学校の学習内容・学習時間等の基準)が示された1998年、つまり「第1回子育て生活基本調査」実施の年あたりからです。「小学校では円周率を3.14ではなく約3と教える」「台形の面積の求め方を教えなくなる」などが改訂内容として報道などでクローズアップされ、「学力に対する不安」が社会全体に広がっていきました。2002年度(「第2回子育て生活基本調査」実施の年)には、この学習指導要領が実施に移され、同時に、公立の小・中・高校の完全週5日制への移行で授業時間数も少なくなったことで、「公立の学校教育」への不安が一段と高まりました。その結果、都市部を中心に、子どもを私立中学受験させる家庭が増え、「公立離れ」が強まりました。
こうした傾向に危機感をもった文部科学省は、2008年3月28日に告示された新しい学習指導要領で、授業時間数の増加や、前回の学習指導要領で削減された学習内容の復活などを打ち出しました。小学校では2009年度から新しい学習指導要領に沿った学習への移行が段階的に始まり、2011年度に完全実施となります。この新しい学習指導要領の実施が、保護者の学力不安・教育不安を払拭できるのかどうか――。その答えは、今後の調査の数字に表れてくることになるでしょう。
さて、このように、子どもの教育にこだわる傾向が強まっているにもかかわらず、母親が子どもの成長を実感する機会は減少しているようです。【図3】を見ると、日ごろの生活の中で「子どもが成長したと感じる」ことが「よくある」と回答する比率が大きく低下しています。1998年の調査では全体の74.5%が「よくある」と回答していましたが、2007年の調査では56.6%となり、17.9ポイントも下がっています。
【図3 子どもや自分の成長(学年段階別)】
Q.あなたは日頃の生活の中で、子どもが成長したと感じることがどれくらいありますか。
Q.あなたは日頃の生活の中で、子どもをもつことによって自分自身が成長したと感じることがどれくらいありますか。
同様に、「子どもをもつことによって自分自身が成長したと感じる」も「よくある」と回答する母親が減少し、全体の数値も9年間で6.1ポイント低下しています。子育ての中で、子どもや自分の成長を実感する機会が減ってきているようです。
【図1、2】で見たデータと合わせて考えると、子どもの成績や学歴を気にするあまり、子どもや自分を一つのものさしでしか評価できなくなっている母親が増えているのかもしれません。子育て支援に取り組む、恵泉女学園大学大学院の大日向雅美教授は、多くの母親が不安やストレス、疎外感を抱えながら子育てをしている現状について、「現代の日本には、『子育てに夢中になれるのが良い母親の条件』という社会的なメッセージがある」と指摘。お母さんたちが「わが子の成長が自分の『通信簿』と考えるようになる」子育て環境に警鐘を鳴らしています。(
弊社情報誌「VIEW21」小学版 2007年9月号 取材記事より)
今回の調査の結果からは、「子どもの将来のため」と必死で子育てをしているお母さんたちの姿が垣間見えてきました。ただ、子育ての意識の急激な変化を見ると、ときには気持ちに余裕をもち、子どもの成長を少し視野を広げて見てみることも大切ではないかという気がします。学校に足を運ぶことができるなら、まずは、学校生活の中での子どもの姿を見てみたり、担任の先生に、子どもの様子について聞いてみたりしてはいかがでしょうか。最近の小学校では、教科の知識・理解以外にも、学習に取り組む関心・意欲・態度や、思考力、判断力、表現力など、さまざまな観点から子どもたちを丁寧に見ています。つまり、結果だけでなく、その結果に至る過程も重視しているのです。こうした、小学校の先生が子どもたちを見る幅広い視点を参考にすることで、今まで気づかなかったわが子の一面を発見したり、今までと違った家庭でのコミュニケーションが生まれたりするかもしれません。
*1「第3回子育て生活基本調査」
- 調査主体/Benesse教育研究開発センター
- 調査時期/2007年9月
- 調査対象/首都圏の小1生〜中3生の子どもの保護者7,282名(このうち6,770名の母親が分析対象)
- 調査方法/学校通し(小学校13校、中学校13校 計26校)による家庭での自記式質問紙調査。首都圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)よりサンプル抽出。
上記調査の内容は
http://benesse.jp/berd/data/ で公開