2022/04/15

理由なき大学進学に疑問を持ち、飛び出た日本 カナダで数学教師になり、生徒が主体となる授業を目指す/梅木 卓也

 様々な場所で色とりどりに活躍している20代、30代。彼らのインタビューを通して、これからの社会で活躍し、「Well-being」に生きるためのヒントを探っていきます。
 今回は、理由なき大学進学に疑問を持ち、日本を飛び出てカナダで数学教師になり、生徒が主体となる授業を目指している梅木卓也さんにお話をうかがいました。
梅木 卓也

梅木 卓也

カナダの公立高校数学教員
1986年、兵庫県生まれ。カナダへのワーキング・ホリデーをきっかけに、2007年度よりカナダのバンクーバーで学童保育の仕事に従事。その後、2013年度より養護教育の教員補助として障がい児のサポートに携わる。同年度サイモンフレイザー大学にて数学と養護教育を、2018年ブリティッシュコロンビア大学教育学部にて教育学を学ぶ。2019年度よりバンクーバーの公立高校の数学教員として勤務しながら、サイモンフレイザー大学で、数学教育学の修士プログラムで学んでいる。

生徒が協働的に学び、答えを生み出す授業を追究

 私は、カナダの公立高校で数学教員として働いています。私が授業で実践しているのは、 “Thinking Classrooms”です。これは、カナダのピーター・リリヤドール(Peter Liljedahl)教授が提唱している教育理論で、単に問題を解くだけでなく、生徒同士がグループワークでコミュニケーションをとりながら問題を理解し、より深く考えることを目的としているものです。私のクラスでは、生徒は少人数のグループになり、ホワイトボードを使ってお互いの意見を交換し、グループで納得できる答えを見つけていきます。そのため、私が生徒に答えを直接教えることはありません。
梅木先生の数学の授業の様子。小グループでお互いの意見を交換して答えを考える。
 そうした授業を実践しようと考えたのは、自分の授業に課題を感じていたからです。生徒は教員の話を聞いているようだし、板書をノートに写しているようだけれども、テストになるとできない。もしくは、テストでは点が取れるけれども、公式を覚えただけで、なぜそうした解法が成り立つのか自分の言葉で説明できない。そうした生徒がとても多かったのです。どうすれば自ら思考する生徒を育てることができるのか、考えるようになりました。
 そんな折、出合ったのがこの“Thinking Classrooms”でした。ある高校に赴任した際、この理論を実践している先生に出会い、リリヤドール教授の理論が書かれた書籍を紹介してもらいました。そこで、教科書の問題を解く力だけではなく、協働的な学びを通して、皆が納得できる答えを見いだす力や論理的に自分の考えを構築する力を身につけるような数学の授業を展開していきたいと考えるようになったのです。
 カナダの高校生は、自分の思いを言葉で表現することは日本の高校生よりは慣れてはいるものの、数学に関しては問題が解ければよいという生徒も多かったです。そこで、丁寧に自分の考えを友だちに説明するように伝えました。今までは問題を解くだけの数学の授業が苦手だった生徒が、自分の考えを論理的に伝えられるようになり大きな成長を感じました。私が介入しなくても、自分たちで納得できる答えを導き出せるようになった姿を見るのが、今一番、やりがいを感じる瞬間です。

大学進学に疑問を持ち、カナダに渡ったことが人生の転機に

 私がカナダで教員を目指したきっかけは、高校時代にさかのぼります。小・中学生の頃は、勉強が好きだったので、地元の進学校に入学しました。その高校は、国公立大学を目指して受験勉強する生徒が多く、自分もそうしたルートを進まねばならないと思っていました。ただ、大学進学に明確な目標がなかった私は、受験勉強をする理由を見いだせず、一時期、不登校になってしまったのです。両親は高校卒業後の進路を心配していましたし、高校の先生は進学に気が乗らないなら就職を進めてくれました。当時の私は、目的なく進学や就職をすることだけは避けたいと考え、高校卒業後、まずはアルバイトから始めてみることにしました。
 そんな自分にも「何かしなければ」という思いはあり、始めたのが英会話です。徐々に英語が話せるようになるとのめり込んでいき、アルバイトの合間に頻繁に英会話学校に通うようになりました。ただ、話せる場所は学校の中だけ。もっと上達するには海外に行くしかないと考え、ワーキング・ホリデー制度を利用してカナダに渡ることにしたのです。
 渡航してしばらくは語学学校に通う日々でしたが、学童保育で子どもに英語を教える実習に参加したことをきっかけに、学童保育で働かせてもらう機会を得ました。その後、公立学校で障がい児の補助や学習支援を経験し、子どもに教える仕事に大きなやりがいを感じ始めたのです。特に自分が好きだった数学を教えるのはとても楽しい時間でした。そんな折、仲間の先生から「大学に入り、数学教員を目指したら」と、アドバイスをもらいました。当時27歳でしたが、学位を取ることで待遇もよくなり、本格的に教科指導に携わることができるため、学校で働きながら大学で学び、カナダで数学教員を目指すことにしたのです。
 カナダ・ブリティッシュコロンビア州で教員を目指すには、専門教科の学位に加え、教育学の学位を取得する必要があり、最短でも5年間は大学で学ぶ必要があります。私は6年かけて2つの大学で学位を取得し、2019年度から晴れて正規の職員として公立高校の教壇に立つことができました。

多様なキャリアを持った教員が教育に集中できる環境

 ブリティッシュコロンビア州の公立高校においては、生徒は各学年のカウンセラーと相談しながらコースを設定して履修計画を立て、必要な単位の授業を履修します。教員には1人1部屋、自分専用の教室があり、生徒は履修した授業の教員の教室に行き、授業を受けます。教員の仕事は、教科指導が中心で、部活動の指導やその他の校務はボランティア制。残業はほとんどなく、プライベートを充実させることも可能です。私の子どもは双子で、まだ2歳と小さく手がかかるので、遅くとも16時半には学校を出て、子育てを妻と分担するようにしています。
 私の学校では、授業の進め方も教員に任されており、例えば、学年で統一したテストを実施することもありません。そのため、自分の目指す教育を追究できる環境だと言えます。ただ、責任を伴うため、私は“Thinking Classrooms”をさらに自分なりに深めたいと考え、サイモンフレイザー大学で、数学教育学の修士プログラムで学び始めました。このプログラムは、フルタイムで働く教員向けで、週1回平日夜に開講されています。課題もあるため大変ですが、大好きな数学について多くの教員と語り合える場なので、よい息抜きになっています。 
 カナダの教職課程では、私のように社会人となってから教員を目指す人が多く、大学のクラスメイトの年齢は、20代から60代まで幅広いのが印象的でした。現在の学校の同僚にもエンジニアや研究者など多様な背景を持つ教員がおり、そうした多様な社会人が教育に関わっている環境はとてもよいと感じています。カナダに来て、「高校卒業後は大学に入り、1つの会社に定年まで勤め上げることだけがルートではなく、多様なキャリアがあってよいのだ」と心から思えるようになりました。

“Thinking Classrooms”を日本でも広げていきたい

 コロナ禍で、私が勤務する高校においてもオンライン授業を行っていた時期がありました。教員は自宅から授業動画を配信していたため、より自分の時間が確保できるようになりました。そこで教育について情報収集する中で、ウェビナーで教育情報を発信している方がたくさんいることを知りました。その中で、北米の公教育の現状を伝えている人は少ないと感じ、自分もインターネットを通じて情報発信を始めました。
 情報発信をして気づいたのは、私が高校時代に感じていたように、日本において、一定のレールに乗れない人が生きづらさを感じる傾向にあるということです。そこで、私は学びや進路の選択にも様々なスタイルがあること、生徒主体の教育が実現できることなどを発信したいと思っています。
 例えば、私の住んでいるブリティッシュコロンビア州のほぼ全ての小学校で、生徒の障がいの有無や度合いに関係なく一緒に学ぶインクルーシブ教育が行われています。そうしたカナダの教育の現場を知り、親子留学に興味を持ってくださった方もいます。
 また、私の情報発信がきっかけで、“Thinking Classrooms”に興味を持ってくださった先生が少しでも試してみようと思ってくれると嬉しいです。保護者の方でも、教員の方でも、これからの教育について、考えるきっかけを与えられたらいいなと思っています。
 3年後には、修士プログラムを修了している予定ですので、自分の研究分野を明確にしたいです。現時点で考えているのは、より“Thinking Classrooms”を展開するにはどうしたらいいか、それを推進するための評価法の確立についてです。加えて、私がそうした授業を知るきっかけになった、リリヤドール教授が提唱している“Thinking Classrooms”の本を日本語に翻訳したいです。さらに10年後には、教員を目指す方をトレーニングする側になって、“Thinking Classrooms”を広げていきたいです。
 もしかすると社会や学校、保護者から「こうあるべきだ」という理想像を押しつけられ、悩んでいる生徒や学生もいるかもしれません。自分の人生は自分の手で切り開くからこそ、面白いのだと思います。もし周囲から求められる理想像と自分の目指す理想像が異なるのであれば、自分の信じた道を進む勇気を持つことも必要です。高校時代の自分も、そのギャップが大きくとても悩んだため、自分の信じる道を選ぶのがとても難しいことはわかります。ただ、自分だけの道を築いていくことは、時間はかかるかもしれませんが、将来、必ずあなた自身の強みになるはずです。

編集後記

 高校卒業後、アルバイトをしながら英会話を習い、自分のやりたいことを探していた梅木先生。カナダに渡り、学童保育や障がい児教育を経験して、「数学教師」の仕事に巡り合いました。そこで自分の理想とする教育にも出合い、それを広げるお仕事に取り組まれています。
 高校時代には「これだ」という道が見つからなかったからこそ、時間をかけて自分の進むべき道を見つけ、力強くその道を歩まれている姿は、じっくりと「Well-being」な生き方を模索したい方を勇気づけるお話でした。子育て中の保護者として、子ども自身がやりたいことに出合えるまで、保護者は焦らず待つこともとても大切なのだと実感しました。梅木先生のカナダからの教育情報の発信、これから楽しみにしたいと思います。
2022年2月25日取材