2022/04/12

「留職」で出会った私の使命 研究職から転向し、ビジネスで社会課題解決に挑む/松葉 明日華

 様々な場所で色とりどりに活躍している20代、30代。彼らのインタビューを通して、これからの社会で活躍し、「Well-being」に生きるためのヒントを探っていきます。
 今回は、NECでビジネスデザイン職として長期経営企画や事業開発などに携わりながら社会課題に取り組む松葉明日華さんにお話をうかがいました。
松葉 明日華

松葉 明日華

日本電気株式会社(NEC)
1988年、千葉県生まれ。中央大学理工学部応用化学科卒業後、筑波大学大学院数理物質群科学研究科物性・分子工学専攻物質・材料工学コース修士課程修了。2013年、日本電気株式会社(NEC)に研究職として入社。中央研究所勤務中にインドネシアに留職*。帰国後、研究職からビジネスデザイン職に転向。ビジネスイノベーションユニットを経て、現在は、ソートリーダーシップ部にて、長期経営企画、事業開発、マーケット・インテリジェンスなどを幅広く担う。
*留職プログラム:https://crossfields.jp/service/cvp/

人生の転機となったインドネシアへの留職

 目の前に広がる巨大なゴミの山。そこに次から次へとトラックがやってきて、ゴミがさらにうずたかく積み上げられていく──。
 インドネシア・ブカシ市にある世界最大級といわれるゴミの最終処分場での光景を見て、「自分にできることはあるのだろうか?」と、私は無力感に襲われました。インドネシアでは、ゴミがリサイクルされる割合は7.5%で、多くのゴミがそのまま埋め立てられています。ゴミ山が崩壊したことで、ふもとの村がなくなってしまう事故が起きるなど、問題が深刻化していました。
 しかし、翌週、再びそのゴミの山を訪れて、決意したのです。「自分は何もできないかもしれないけど、何かしなければ世界は変わらない」と。
松葉 明日華
インドネシア・ブカシ市にあるゴミの最終処分場を訪れたことが松葉さんの転機となった。
 私がゴミ処理などの社会課題に取り組むきっかけとなったのは、会社の留職制度を利用して訪問したインドネシアで、そのゴミの山を目の当たりにしたことでした。留職とは、会社に所属しながら新興国のNPOや社会的企業へと赴任し、自分のスキルを生かして社会課題に取り組むプログラムのことです。当時の私は、NECの中央研究所で研究職として相変化冷却チームに所属し、データセンターのサーバを効率よく冷却する冷媒や流路の研究をしていました。
 私はインドネシアのゴミ問題に取り組む組織「Waste4Change」に赴任しました。その中で「生ゴミの堆肥化の効率を上げてほしい」と要望を受け、3か月間、そのミッションに取り組むことになりました。渡航後、ゴミ問題の最前線を見に行きたいと考え、このゴミ山を訪れたのです。
 私は近隣の住民から生ゴミを回収して堆肥化するプロセスを開発するとともに、ゴミ問題を解決するには、住民自身にゴミ分別について理解してもらう必要があると考えました。堆肥化の効率化を図る一番のボトルネックは住民が分別してくれないことだと考えたためです。堆肥にできるゴミとそうでないゴミを分別してもらうために、近隣住民に協力を仰ぎ、実証実験を実施。当初は、留職先の担当者には分別は難しいと言われていましたが、1軒1軒の家庭を訪問し、ゴミ山の話や分別の重要性を説明することで理解してもらうと、各家庭におけるゴミの分別率が向上していき、3週間後には実証実験を行った6家庭の分別率は100%を達成しました。そのほかにも、近隣の幼稚園でゴミ分別の啓蒙運動を行うほか、生ゴミから作った堆肥を用いてパパイヤ農園の土壌改良をするプロジェクトも実行しました。

研究職からビジネスデザイン職に転向

 帰国後、自分のやりたいことは、インドネシアで取り組んだように、ビジネスで社会課題を解決することだと感じ、上司に相談し、研究職からビジネスデザイン職へと転向しました。中央研究所からビジネスイノベーションユニットに異動し、新規事業を立ち上げる仕事を経験した後、現在は、ソートリーダーシップ部にて、NECの未来の事業の柱を作るための経営企画、事業開発に携わっています。
 複数のプロジェクトの中で特に力を入れているのが、内閣府支援のもとインド国商工省香辛料局 (Spices Board, Ministry of Commerce and Industry)の期待に沿いながらNECと国際機関などが共創で進めている、ブロックチェーン技術を使ったインドのスパイス輸出量増加および生産農家の収益向上などを目指すプロジェクトです。
 インドは、世界一のスパイス生産国ですが、品質の担保やトレーサビリティに課題があります。さらに、数多くの中間業者がマージンを取る市場構造のため、生産農家への利益配分が低くなることが問題になっています。そこで、ブロックチェーン技術を導入し、スパイスの生産から販売までの情報を追跡し、製品の流通ルートの透明性を高めることを目指しています。そして、スパイスの品質に見合う評価ができるしくみを作り、生産者に正当な報酬が払われるようにしたいと考えています。当初はシステム開発の受注案件としてスタートしたプロジェクトですが、私たちがチームに入ることでインドのスパイス農家の抱える社会課題も解決できるプロジェクトへとさらに発展させたいと考え、現地メンバーと共に取り組んでいます。
 ビジネスにおいて私が大切にしているのは、プロジェクトに関わる人たちと「ビジョン」を共有することです。「私たちNECと一緒に取り組めば、こんな未来が実現するはずです。だから、一緒に実現しませんか?」と一人ひとりに語りかけていくのです。その過程で少しでも成果が出せたときに、大きなやりがいを感じます。それは、最初にインドネシアで1軒1軒、家庭を訪問し、ゴミ分別の重要性を語りかけていくことで、実際に分別に協力してくれる住民が増えていったという経験があったからです。その体験が、今の私を突き動かしています。

人とのつながりがビジネスを広げる

 もう一つ大切にしているのが、人とのつながりです。人生の転機ともいえる留職を私に勧めてくれたのは、研究所の先輩でした。先輩とは、新規で立ち上がった研究所横断のプロジェクトに共に参加したことが縁で知り合いました。当時の私は社会課題という言葉も十分に理解していなかったのですが、多くの人とつながりながら仕事をしたいという気持ちはあり、そうした点が留職に向いていると思ってくれたのかもしれません。
 また、研究職からビジネスデザイン職へ転向しようと思えたのも、社内の有志活動「CONNECT」に参加し、自分のやりたいことに挑戦しようと思えたからです。「CONNECT」とは、社員が自分のやりたいことを見つけ、それを実行するための一歩を踏み出すための後押しをするイベントを企画・運営する活動で、今は、1900名を超えるコミュニティになっています。そこで、熱い志を持つ仲間と出会うことができ、私も自分のやりたいことが明確になっていきました。現在、私は共同代表として活動し、社会課題を知ってもらうワークショップやESG*1の啓発活動も行っています。
 社外の方とのつながりも大切にしたいと考え、大手企業の若手や中堅の社員を中心とした企業内有志団体が集う実践コミュニティ「ONE JAPAN」に参加。現在は、「ONE JAPAN」がきっかけで生まれたESG・SDGsに取り組むコミュニティ「BRIDGEs」でも運営メンバーとして活動しています。「BRIDGEs」は、日本の企業活動を通じてESGやSDGsを社会実装することを目指す有志活動で、様々な企業の若手中堅社員の方、役員の方、ソーシャルセクターの方、自治体の方や学生など年代も業種も超えた人とオンラインコミュニティでつながり、1200名以上が参加した“一人ひとりが自分事化するきっかけ作り”のための大規模イベント開催にも取り組んできました。加えて徳島県の起業家らの仲間と共に「So-Gu」という事業立ち上げにも挑戦し、地方の飲食業や宿泊業を支援しながら人を中心とした新しい観光業を立ち上げる活動も行っています。
 そのように人とのつながりを持つことで、自分の視野を広げられるほか、自分を応援してくれる人も増やせると感じています。私は、友だちをつくるのはあまり得意な方ではないのですが、社会課題を解決するには多くの人の力が必要だとわかってからは、意識的に自分から情報を発信しています。自分の想いに共感してくれる人や必要な情報が自然に集まる状態をつくっています。
 コロナ禍で、そうした人とのつながりをつくる活動が、SNSなどを通して活発にできるようになったと感じています。例えば、以前は社内横断で情報を収集したいと思ったら、他部署のフロアを歩いて雑談をするといったことを通じて少しずつ集めていったのですが、今では「CONNECT」が開設しているインターネット上の掲示板で、「こんな情報ありませんか?」と投げかければ、たくさんの仲間がすぐに情報を教えてくれます。
 「CONNECT」の活動が認められ、社内の賞を受賞したことで、役員の方と話せる機会が持てたのも、社内において社会課題解決のための活動を広げる大きな機会になりました。当時、留職は研究所だけの制度だったため、利用者が限られ、制度継続が難しい状態でしたが、当時の副社長にその状況を説明し、会社全体の人事制度にしてもらえることができたのです。人とつながることで大きな力が生まれ、そこから生まれた熱意で大手企業でもうねりを起こせると思えた出来事でした。
*1 ESGとは「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字を取った言葉で、企業が長期的に成長するために取り組むべき事柄のこと。

社会課題を解決するために、大手企業に籍を置く理由

 社会課題の解決に取り組むためには、NPOやスタートアップの起業など、様々な手段があると思いますが、今はNECで働きながら社会課題の解決に取り組みたいと考えています。例えば、個人で問題解決をしようとしても、どうしても資金や技術力に限界があります。しかし、NECには社員約11万人の知見があります。国で使う規模のシステム開発も可能で、より大きいインパクトを社会に与えることができます。一方、大規模であるが故に、多くの売上をすぐに計上しなければならないという使命もあり、難しさもたくさんあります。とはいえ、自分にとって意味があり、多くの人を幸せにする仕事ができることが私のやりがいです。たくさんの人を笑顔にする仕事をするためには、大手企業ならではのメリットを活用しながら、前進していきたいと考えています。
 また、NECは、NECグループが共通で持つ価値観で行動の原点である「NEC Way」を2020年に改定しました。その中では挑戦する文化が推奨されており、これも、私を後押ししてくれています。
 現在所属している部署では、社会課題の解決とビジネスを両立させるアイディアの「種」を見つける仕事もしていますが、この探索は個人で動くことが多く、自分が進むべき道がこれでよいのか迷っていた時期もありました。しかし、上司との面談で、「松葉さんが取り組んでいる活動は、NECがこれからやろうとしていることを先取りしているから、これからも続けてほしい」と言われ、自分の仕事に意味があるのだと自信が持て、積極的に仕事に取り組めています。
 振り返ると、私は周囲の人に「信頼してもらえる」ことで力を発揮できるタイプなのだと思います。両親も勉強に関してあれこれ言わず、私のやり方を信じて任せてくれましたし、中学3年の時の担任の先生も、私を信じて、いつも応援してくれました。当時の成績では合格が困難と思われた進学校への受験を後押ししてくれ、合格することができました。

広い視野を持つことが大切

 現在は、社会課題の解決にやりがいを感じていますが、今後のライフステージも見据え、近い将来、家庭にウェイトを割いていくことも考えています。そして、10年後には再び仕事にウェイトを割き、自分で社会課題の解決を図るビジネスを立ち上げたいです。事業として成り立ち、かつSDGsウォッシュ*2のような見せかけの活動ではなく、本質的に意味のあることを成し遂げたいです。
 若い人に伝えたいのは、無理やり将来の夢を持とうとしなくてもよいということです。いつかきっと自分がやりたいことと出会えるはずです。そのために大切なのは、視野を広げておくことと、気になったことを少しでも調べてみることだと思います。自分が興味を持てることなら何でもいいのですが、個人的には特に、気候変動に関心を持ってほしいですね。皆さんが活躍する数年後~30年後に日本や世界がどうなるのかを知った上で、自分の意志で日々選択することが大切だと思います。私は、社会人になってから社会課題について考えるようになりましたが、学生時代にそうした機会があればよかったと思いますし、早ければ早いほどよいと思います。人生の選択肢もきっと増えると思います。現在、多くの若い世代に社会課題を知ってほしいと考え、ゴミ問題やSDGs、探究学習などのテーマで学校での出前授業も行っています。いきなり海外に行くといった越境でなくてもよいのです。話を聞いて気になったら質問したり調べたりして一歩踏み出してくれれば嬉しいし、それも越境だと思います。学生の方なら隣のクラスの人、若手社員の方なら他部署の人と話してみることも、小さな越境だと思います。少しでもいいので、外の世界に触れるきっかけを持ってほしいと思います。
*2 実態が伴っていないのにSDGsに取り組んでいるように見せかけている状態。

編集後記

 インドネシアへの留職がきっかけで社会課題の解決に取り組み始めた松葉さん。それまでは、研究者として新しい製品を生み出す仕事にやりがいを感じていましたが、社会課題を解決する仕事こそが、自分の使命だと感じ、ビジネスデザイン職へと異動願いを出したそうです。インタビューの最後に松葉さんは、P.F.ドラッカーの書籍で紹介されている「3人の石切り工」の話をしてくれました。石を積む仕事をしている3人の労働者に「あなたは何をされているのですか?」と質問をしたところ、1人目は「石を積んでいます」と、2人目は「家族を養うために、教会を造る仕事をしています」と答えたそうです。3人目は、「教会を造り、人々の心の寄りどころとなる場所を造っています」と答えました。松葉さんはまさに、この3人目のように「自分にとって意味があり、多くの人を幸せにする仕事をしていきたい」と話してくれました。強い目的意識が彼女を突き動かしているのだと改めて感じました。
2022年1月28日取材