2023/01/18

不便や不満を感じる身近な課題を見いだし、その解決に挑む!「なりたい自分」を目指して取り組むプロジェクト学習

東京電機大学 学部共通教育科目 PBL(Project-Based Learning)特化科目「人間科学プロジェクト」
東京電機大学では、科目名を変えながら20年程前から学生が身近な問題の解決に取り組むPBL特化科目「人間科学プロジェクト」を通年で開講している。学生は、具体的な問題解決のプロセスを通じて、汎用的能力や人間性などを高めていくが、どんな問題を見いだして、どのように解決しようとしているのか。学生がプロジェクトに取り組む様子をリポートするとともに、同科目を担当する広石英記教授に科目のねらいなどを聞いた。
広石英記

広石英記

東京電機大学 副学長、教育改善推進室長、工学部人間科学系列 教授
慶應義塾大学大学院社会学研究科教育学専攻博士課程単位取得退学。専門は、教育学、プロジェクト学習(PBL)。日本PBL研究所理事。著書に、『つなげてつくる工学入門—理工学への扉を開くワークブック』(東京電機大学出版局)、『学びを創る・学びを支える 新しい教育の理論と方法』(共著、一藝社)など多数。

「実学尊重」「技術は人なり」をPBL科目で具現化

 東京電機大学は、1907(明治40)年、東京・神田に電機学校として創立された。建学の精神に「実学尊重」を掲げており、「学問としての技術の奥義を研究するのではなく、技術を通して社会貢献できる人材を育成する」という方針は、現在まで脈々と受け継がれている。
 初代学長の丹羽保次郎が唱えた「技術は人なり」も、教育・研究理念として継承されてきた。「技術は技術者の人格の表れであり、よき技術者は人としても立派でなくてはならない」という理念に基づき、人格の陶冶に努める教育・研究を追究している。
 これらの建学の精神や理念を具現化する科目の1つが、PBL特化科目「人間科学プロジェクト」だ。どの学部生も履修できる学部共通教育科目であり、20年程前から科目名を変えながら開講されている。
  • ■「人間科学プロジェクト」の概要
  • ◎設置形態 学部共通教育科目(選択科目)、通年開講(2単位)
  • ◎履修者 広石英記教授のクラスは、東京千住キャンパスにあるシステムデザイン工学部・未来科学部・工学部の2〜4年生、大学院生 7人(2022年度)
  • ◎授業内容 学生一人ひとりが、自分の成長目標と、問題解決に取り組むテーマを設定。調査や情報収集、分析、試作品の製作、実装による検証などを行う。活動内容は、各自の電子ポートフォリオに記入し、メンバーで共有するとともに、2週に1回の授業(全体会)で進捗を報告し合い、他の学生や広石教授からコメントや助言を受ける。年明けの1月に他の先生が担当するクラスと合同で成果発表会を実施。
 PBLには、「問題基盤学習(Problem-Based Learning)」と「プロジェクト学習(Project-Based Learning)」の2つの形態がある。問題基盤学習は、教員によって学習目標が明示され、知識・技能の定着のために有効な学習だ。一方、プロジェクト学習は、学習者自身が問題を見いだし、その解決に向けて、仲間とともに情報収集や検証、振り返りなどを行い、それらのプロセスを通じて、汎用的能力や人間性などの成長を促していく。
 そうした違いを踏まえ、「人間科学プロジェクト」は、プロジェクト学習に基づいて授業を展開している。日本PBL研究所理事も務める、同科目担当の広石英記教授は、その理由を次のように語る。
 「『人間科学プロジェクト』では、学生が『なりたい自分』に向かって成長する学びの支援を行い、彼ら自身の『より幸せな世界を創ることができる資質・能力』の育成を目的として、授業をデザインしています。学生が個々にテーマを設定するプロジェクト活動は、その目的を達成するためのいわば手段、あるいは『学びのフィールド』です。この科目を構想した初期には、プロジェクトの成果を出すことにこだわっていた頃もありましたが、現在は成果を重視し過ぎず、学生同士の交流による彼らの人間的な成長なども考えながら、いかに学生の『幸せに生きる力』を育てるかを追求しています」

自分の課題と目標を洗い出し、「なりたい自分」を設定

 広石教授が担当する「人間科学プロジェクト」のクラスでは、年度初めの4月に、学生が自分の内面的課題を踏まえて、「弱点克服」「長所強化」「新しい力の獲得」の3つの観点で「なりたい自分」を設定する(写真1)。その際、広石教授は、一人ひとりの学生と何度も面談を繰り返し、学生が自分で成長目標を設定できるよう支援する。
 「主な履修者である3年生は、自己分析をあまりしたことがなく、最初は自分の内面をなかなか言語化できません。そこで、学生一人ひとりとの面談を通して、時間をかけて自分の内面を深く見つめるように促しています。さらに、学生同士が意見し合う場も設けて、課題や目標を絞り込んでいきます」(広石教授)
写真1 学生の個人目標は、「弱点克服」「長所強化」「新しい力の獲得」について、自分の課題や目標と照らし合わせて、「社会人基礎力」の資質・能力を参考にして目標を設定。その資質・能力を身につけるために、プロジェクトを通して意識する行動を具体的に記述する。
写真1 学生の個人目標は、「弱点克服」「長所強化」「新しい力の獲得」について、自分の課題や目標と照らし合わせて、「社会人基礎力」の資質・能力を参考にして目標を設定。その資質・能力を身につけるために、プロジェクトを通して意識する行動を具体的に記述する。
 次に、大学生活の中で困ったことや気になったことなど、身近な問題意識を基にプロジェクト学習のテーマを設定する。現実の課題と向き合い、小さな一歩でもよいので具体的な改善につなげることを重視している。
 「学生には、自分が問題解決をすることで、自分も周囲の人も幸せになるようなテーマを見つけようと伝えています。学生の自由な発想からどんなテーマが出てくるか、毎年楽しみにしています。現実の自分たちの周りにあるリアルな問題を基にしたテーマですから、想定通りにプロジェクトが進むことはあまりなく、立ち行かなくなり、テーマの再設定を迫られる学生もいます。しかし、失敗は避けるべきものではなく、生かすべきチャンスです。失敗は、考えを深め、人間性を高める好機です。学校は失敗してよい場所、失敗から学ぶ場所だと、学生に繰り返し伝えています」(広石教授)

試作品や調査データを携えて、大学の各部署に改善策を提案

 学生は、どのような問題解決に取り組んできたのか。
◎エスカレーターの危険回避
 建築学科のある学生は、休み時間になると、エスカレーターの踊り場が混雑し、危ないと感じていた。そこで、人の流れを整理する手すりを設計(図1)。さらに、近くにある階段に誘導するステッカーを作成した。これらを実地検証した上で、学生支援センター学生厚生担当と管財部に提案したところ、予算を獲得でき、自身が設計した手すりが実際に設置され、ステッカーも貼られた(写真2)。
 同大学には工学部を始めとして、多くの学生がものづくりを学んでいる。問題解決に際しても、様々なものをつくることができるという大きな強みがある。
図1 学生が書いた設計図。設置場所のスペースを計測し、柵の高さや幅を綿密に検討して設計した。これを基に実地検証し、提案した。
図1 学生が書いた設計図。設置場所のスペースを計測し、柵の高さや幅を綿密に検討して設計した。これを基に実地検証し、提案した。
写真2 エスカレーターの踊り場には、学生が設計した手すりが設けられ、床には階段に誘導するステッカーが実際に貼られている。人の流れに秩序が生まれ、危険を感じる場面が減ったという。
写真2 エスカレーターの踊り場には、学生が設計した手すりが設けられ、床には階段に誘導するステッカーが実際に貼られている。人の流れに秩序が生まれ、危険を感じる場面が減ったという。
◎教室内の飲食の許可
 5年前まで、大学は教室での飲食を全面的に禁止していた。しかし、昼食時は学食が混み合う上に、場所によっては移動に時間を要するといった問題があった。そこで、ある学生は、教室内で飲食をした際の臭気の広がりを、学生がよく食べる物について臭気測定器で実際に計測。そのデータをエビデンスとして、臭いの強くない食べ物の飲食の許可を大学側に求めたところ、おにぎりやパンなどの飲食が認められた。また、学食から遠い高層階には、軽食の自動販売機も設置された。これらの施策により、学生の昼食場所の確保に一役買った(写真3)。
写真3 大学から許可を得られ、「教室内飲食許可」のパネルが作成され、実際に各教室に掲示されている。
写真3 大学から許可を得られ、「教室内飲食許可」のパネルが作成され、実際に各教室に掲示されている。
◎学食の出入り口の通行整理
 ある学生は、学食が混み合い、入り口に入店待ちの人だかりができて、他者の通行の妨げになっている状況に着目(写真4)。様々な動線を検証し、最適な動線を割り出し、床に列を誘導する矢印の印字と、整列テープを設置する計画を、学生支援センター学生厚生担当と管財部に提案。交渉の末、提案が認められて、学食への通路にそれらが設置された(写真5)。
写真4 整列テープを設置する前の昼食時、学食の入り口は多くの学生であふれかえっていた。
写真4 整列テープを設置する前の昼食時、学食の入り口は多くの学生であふれかえっていた。
写真5 人の流れを誘導する矢印や整列テープを設置すると、学生は整然と並ぶようになり、通行がスムーズとなった。
写真5 人の流れを誘導する矢印や整列テープを設置すると、学生は整然と並ぶようになり、通行がスムーズとなった。
 様々な理由で問題解決に至らなかったケースもある。
 ある学生は、休み時間にトイレのすべての個室が使用中となり、トイレを利用できずに困った経験があった。アンケートを実施すると、個室内でスマホを操作するために長居をする学生が多いことが明らかになった。トイレをスムーズに利用できるように、キャンパス内のトイレの使用状況をリアルタイムで表示するシステムの導入を提案したが、予算の制約により実現には至らなかった。
 「その学生に大学卒業後に会った際、トイレの問題に取り組んだことを『とてもよい経験だった』と話していました。誰も試みたことのないチャレンジに失敗はつきものですが、その失敗の経験が多くの学びをもたらします。大学内の問題解決へのチャレンジは、大きなリスクを負わずに失敗を経験できる場だと捉えています」(広石教授)

授業アンケートの改善案、学生相談室の周知など、様々な問題に着目

 2022年度も、学生は個々の問題意識に基づいてテーマを設定し、プロジェクト学習に取り組んでいる。
◎授業アンケートの改訂
 履修科目を選択する際の参考になるよう、科目ごとに履修者の感想を集めたウェブサイトの制作を計画したが、類似のサービスが学外にあることを知り、テーマを軌道修正し、授業アンケートの改良とした。15大学の授業アンケートを集めて調査し、既存の授業アンケートの改善案を作成。大学の教育改善推進室に提案している。
◎学生相談室の周知
 大学内には、大学生活での悩みなどをカウンセラーに相談できる学生相談室があるが、学生にあまり知られていなかった。そこで、ウェブサイト上にストレスチェック表を掲載し、一定の点数以上の場合は相談を勧める仕組みを考案。カウンセラーと意見交換をしながら、プロジェクトを進めている。
◎最寄り駅周辺の紹介
 問題意識が同じ学生が、チームでプロジェクトに取り組む場合もある。東京千住キャンパスは、最寄りの北千住駅から至近のため、駅周辺に足を運ばない学生が多いことに着目。駅周辺で、学生が行きやすい飲食店を紹介するとともに、キャンパス内の便利情報を発信するウェブサイトの制作に、チームで取り組んでいる。
◎履修者のプロジェクトを支援
 卒業後は中学校教員になることが決まっている大学院生は、生徒指導の実地研修として、履修者からプロジェクトに関する相談に乗り、アドバイスをしたり、励ましたりすることを、プロジェクトのテーマにして活動している。
 また、IT企業への就職が内定している4年生の学生は、履修者が問題解決の一環として制作するウェブサイトの技術的なサポートをしたり、チームのマネジメントをしたりすることをプロジェクトのテーマとしている。
 広石教授が師範代と呼ぶこの2人が、ティーチングアシスタントのようにチームにかかわることで、学生一人ひとりのプロジェクトをサポートし、後押ししている。また、2人にとっては、マネジメントやリーダーシップなど、これから社会に出る際に必要となる能力を実地で学んでいることになる。

成果発表会は、「なりたい自分」に近づけたのかをメタ認知をする場

 学生は、プロジェクトの様々な場面で「なりたい自分」を意識して行動することで、少しずつ変容しているようだ。
 「弱点克服」に「発信力」を挙げた学生は、プレゼンテーションなどの発信の場面を意図的に設けている。そして、伝えたいことを、一旦紙に書いたり、頭の中で整理したりしてから話すようにしている。また、「新しい力の獲得」に「主体性」を挙げた学生は、他の学生が取り組んでいないテーマを探して設定し、何事にもまずはやってみることを意識して行動している。
 履修者のプロジェクトの支援をテーマにした大学院生は、「人の成長を支えるためには、一人ひとりにかかわるだけではなく、誰でも自由に話せる雰囲気を生み出すといった場づくりが大切だと、この授業を通じて痛感しています。この経験は、教員になっても必ず生かせると思います」と話す。
 教職を目指す学生は、「自分は『傾聴力』が弱いと感じていますが、プロジェクトでは多くのメンバーの意見を聞く場面があり、傾聴の大切さに改めて気づきました。これからも相手の意見をしっかり聞いて取り入れるという姿勢を大切にして、子どもの気持ちに寄り添える教員になりたいと思いました」と、プロジェクト学習を通じて改めて見えてきた自身の目標を語った。
写真6 2022年度の広石教授が担当するクラスの履修者。学部・学科・学年は異なるが、自分を成長させようと意欲のある学生が集まり、互いによい影響を与えている。
写真6 2022年度の広石教授が担当するクラスの履修者。学部・学科・学年は異なるが、自分を成長させようと意欲のある学生が集まり、互いによい影響を与えている。
 同科目は、授業時間だけでプロジェクトを進めるものではなく、授業以外の時間で各自のテーマについて自律的に進めることが必要である。そこで、学生が自分のプロジェクトの進捗について、広石教授や他の学生に報告してアドバイスや意見をもらい、そのアドバイスや意見を踏まえて、今後の活動について考えたことを共有する全体会を、全員参加として、2週に1回行っている。
 その全体会では、履修者が互いに刺激し合い、それが前向きに取り組む姿勢につながっている様子もうかがえた。
 ある学生は、「全体会は、プロジェクトを進める上で重要な時間です。他の履修者からの率直な意見はプロジェクトの改善に役立ちますし、計画的にプロジェクトを進めている様子を見ると、『自分も頑張らなければ』『そうやって進めればいいのか』といった前向きな気持ちになります」と述べる。
 2023年1月には、成果発表会を実施予定だ。そこでは、成果にはこだわらず、プロジェクトの内容や自分の想いを明確に言語化することを重視する。
 「成果発表会に間に合うように成果を出すことは求めていません。自分のプロジェクトは何を目指しており、結果的に何ができて、何に失敗したのか。そして、『なりたい自分』にどれくらい近づくことができたのか。そうした視点でプロジェクトを振り返ることで、学生がメタ認知し、次の行動につながるような場になることを期待しています」(広石教授)
 プロジェクト学習は、あくまでも「なりたい自分」に近づくための手段である。そうした方針を最後まで貫くことで、プロジェクトの成果にかかわらず、学生には多くの気づきや学びがもたらされて、卒業後も自律的に学び続ける力につながっていくのだろう。
取材日:2022年11月24日