2022/11/11

【海外研修レポート】グローバルアントレプレナー海外研修(大学2年生対象)世界のスタートアップの最先端を訪れ、学生のマインドを揺さぶり、アクションに変化を巻き起こす

武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 連載第4回
2021年4月、武蔵野大学に日本で初めて設置された「アントレプレナーシップ学部」(以下、EMC)。多くの実務家教員による指導の下、カリキュラムの3つの系統「マインド」「スキル」「アクション」(図1)を軸に、学生にアントレプレナーシップ(起業家精神)を育む様子を3回にわたってリポートしてきた。
連載第4回は、2022年8月28日(日)〜9月4日(日)に実施された「グローバルアントレプレナー海外研修」をリポートする。2年生29人が、アメリカ・カリフォルニア州シリコンバレーに滞在。スタートアップやベンチャーキャピタルほか全8企業を訪問し、アントレプレナーらと交流した。世界の最先端から何を学び、帰国後の今にどう影響しているのか、学生に話を聞いた。
図1 アントレプレナーシップ学部のカリキュラムの構造
お話を聞いた方
アントレプレナーシップ学部
2年 熊谷流気
2年 熊谷流気
2年 白石絢
2年 白石絢
2年 清水涼太
2年 清水涼太
津吹達也

津吹達也

アントレプレナーシップ学部 教授
電機メーカーの海外営業、デザイン系スタートアップ、IT企業の海外事業戦略等を歴任後、アロワナアドバンストアドバイザリー合同会社代表社員、株式会社トラデュケーション代表取締役。2021年より現職を兼務。グロービス経営大学院2012年卒業(MBA) 。教育領域では、立教大学産学連携プログラムの開発を非常勤講師として担当。専門は、地域社会連携、産学連携プログラムの開発、リーダーシップ・アントレプレナーシップ教育。
伊藤羊一

伊藤羊一

アントレプレナーシップ学部 学部長
東京大学経済学部卒業。株式会社日本興業銀行、プラス株式会社を経て、2015年ヤフー株式会社入社、Zホールディングス株式会社に商号変更後、Zアカデミア学長として、次世代リーダーを育成。グロービス経営大学院客員教授、株式会社ウェイウェイ代表。2021年より現職を兼務。主著に『1分で話せ』(SBクリエイティブ)、『FREE, FLAT, FUN これからの僕たちに必要なマインド』(KADOKAWA)等。

シリコンバレーで活躍中のアントレプレナー10人以上と対話

 現役で活躍するアントレプレナーとの出会いは、学生がアントレプレナーシップを磨いていく上で、大きな刺激となり、その後の学びを変える大きな転機となるだろう。武蔵野大学アントレプレナーシップ学部には、授業や課外活動を通じてその機会がふんだんに用意されているが、最大級の刺激を得る機会と位置づけているのが、「グローバルアントレプレナー海外研修」(以下、海外研修)だ。2年次の必修科目としてカリキュラムに組み込まれており、主な目的は次の3つである。
①最先端のシリコンバレーで事業を行っているスタートアップ起業家から知見を得る
②「アウェー」の環境に身を投じ、自分が「井の中の蛙」であることを知る
③「自分が認識する世界」を広げる
 そして、学部新設後、初めてとなる海外研修が、2022年8月28日(日)~9月4日(日)に実施された。本来は全員必修であるが、2022年度はコロナ禍を考慮して希望制とし、2年生29人が参加した。
 訪問先は、スタートアップの世界的な中心地シリコンバレーだ。参加学生は、5日間の滞在で、スタートアップやベンチャーキャピタルほか全8企業を訪問。現地で活躍するシリアルアントレプレナーや日本人起業家など、10人以上のアントレプレナーと直接対話し、質疑応答を行った。
 最終日には、参加学生全員が、アントレプレナーとの対話など滞在経験を踏まえ、「My business pitch to be developed」または「My future after this trip」をテーマに英語で発表するPitchを行った。
■「グローバルアントレプレナー海外研修」の概要
  • 参加者:アントレプレナーシップ学部2年生 29人
    ※本来は全員必須だが、2022年度はコロナ禍を考慮し希望者のみ参加
    ※海外研修に参加しなかった学生は代替プログラムとして、国内でベンチャー企業でのインターンシップを実施
  • 期間:2022年8月28日(日)〜9月4日(日)
  • 主な訪問先
    2日目 Founder Talk by Mr. Keith Teare(シリアルアントレプレナー)/Sequoia Sake Brewery(サンフランシスコ初の日本酒蔵)/Miles(マイレージ型アプリサービス)
    3日目 Founder Talk by Mr. David Brunner(AIプラットフォームModuleQ創業者)/What’s Silicon Valley by Mr. Mark Kato(シリコンバレーで30年以上活動する起業家)/Cuzen Matcha(アメリカで抹茶販売)
    4日目 Founder Talk by Mr.伊佐山元(グローバルファンドWiL CEO)/Stanford University見学
    5日目 Founder Talk by Mr.宮田拓弥(スタートアップ投資・新規事業創出Scrum Ventures創業者)/Founder Talk by Mr. Jack&Peter(モビリティテックベンチャーLattis創業者)/Founder Talk by Mr. Jonathan Yaffe(AnyRoad創業者)
    6日目 参加学生全員が、1人3分間、「My business pitch to be developed」または「My future after this trip」をテーマに英語でPitch(写真1)
最終日のPitch後、全員で記念撮影。
写真1 最終日のPitch後、全員で記念撮影。

すべてを吸収したい! 自分を変えたい!

 参加した学生は、いずれも現地での体験に大きな期待を抱いていた。
 初めての海外渡航で、初めて飛行機に乗ったという清水涼太さんは、自分の五感を使ってすべてを吸収しようという想いで参加した。
 「海外に行くこと自体が初めてだったので、正直に言って、どんな経験ができるのか、それが自分にどう変化を巻き起こしてくれるのかイメージしづらい部分がありました。それでも、スタートアップの聖地に行き、新しい体験ができることへのワクワク感でいっぱいでした」
 中高時代にカナダ留学の経験がある白石絢さんは、訪問先の企業やアントレプレナーについて事前に情報収集をした上でこの研修に臨んだ。
 「現地で話をうかがうアントレプレナーは、私たち学生が気軽に会えない人たちばかりです。私は将来、海外でのビジネスを考えているので、このチャンスを逃すまいと、どんな人物なのかをインターネットで調べておき、絶対に質問をしようと決めていました」
 熊谷流気さんは、シリコンバレー訪問の経験がある友人から「人生が変わった」と聞き、自分も人生を変えるという意気込みを持っていた。
 「日本では、自分を主張することに少し抵抗感がありますが、友人の話から、シリコンバレーでは自分の色を出しても受け入れてくれる雰囲気があるのではないかと感じました。短期間でも、そうした場所にいることで、自分のマインドを変えられるのではないかと考えました」

「Think big」「Fail fast」の姿勢に目が開く

 5日間の滞在では、毎日、スタートアップやベンチャーキャピタルなどを訪問し、アントレプレナーとの交流を重ねた。名だたる企業を立ち上げたシリアルアントレプレナーや、日本からシリコンバレーに乗り込み、日本酒や抹茶をアメリカに広めようとする日本人起業家たちの言葉に、学生は必死に耳を傾けた(写真2)。
サンフランシスコで初となる日本酒の酒蔵を訪問。
写真2 サンフランシスコで初となる日本酒の酒蔵を訪問。
 熊谷さんは、ModuleQ創業者David Brunner氏が繰り返した「Think big」という言葉に衝撃を受け、「自分主体」から「社会主体」で考えるようになったと語る。
 「Brunner氏が言われた『Think big』は、自分にはない発想でした。ビジネスを考えるにしても、自分が好きなたき火やサウナで何をしようかと考えていました。しかし、そうした小さくまとまった考えではなく、解決したい問題や目指したい世の中があり、それにあったソリューションとして、自分が好きなたき火やサウナがどう生かせるのかを意識するようになりました。自分主体の考え方が抜け切ったわけではありませんが、自分の夢が、社会全体の夢にもなるのだと実感し、でかい夢を持って突き進んでいこうと、発想が切り替わりました」
 白石さんは、WiL CEO伊佐山元氏の「最近、失敗をしていますか?」という問いかけにハッとしたという(写真3)。
 「EMCでは積極的に行動しているけれども、失敗することを意識的に避けていた自分に気づきました。しかし、伊佐山さんだけでなく、今回話をうかがったどの起業家の方も、若い時から挑戦し、トライ&エラーを重ねて、成功されていました。自分の思うようにやり、結果として失敗したとしても、それが重要な経験になるのではないかと思ったのです。EMCは、学生の挑戦を全力で応援してくれますし、学部の仲間は、どんなことでも他人の夢を笑いません。今は、『Fail fast』で挑戦しようというマインドになりました」
 清水さんは、起業家たちの話から、EMCでの学びが社会でも役立つものだと実感し、自信を深めたという。
 「起業家の話はどれも理解でき、納得できる内容ばかりでした。クリティカルシンキングやプロジェクト入門など、EMCの授業がグローバルスタンダードを意識したものだとわかりました。海外は遠い別世界ではなく、このまましっかり学べば、自分は海外でも通用すると思えました」
WiL CEO伊佐山氏は、ベンチャーキャピタル投資の現状や、自身が起業に至るまでの話などを語り、学生からも多くの質問があった。
写真3 WiL CEO伊佐山氏は、ベンチャーキャピタル投資の現状や、自身が起業に至るまでの話などを語り、学生からも多くの質問があった。

スーパーで、レストランで、日本文化との違いを実感し、自分のあり方を振り返る

 学生は、食事や移動などの時も、周りから様々な影響を受けていた。
 熊谷さんは、滞在先のホテルで仲良くなった現地の男性とバスケットボールをして遊んだ際、日本とシリコンバレーの文化の違いを感じた。
 「その人は、私より3〜4歳ぐらい上で、バスケットボールで遊んだ後、『どんな仕事をしているの?』と、急に真面目にビジネスの話を始めました。真面目な話を真剣に初めて会った人ともオープンにすることが、日本にはない文化だと感じ、自分も見習いたいと思いました」
 自分が変化できる環境に身を置くことの重要性を学んだと語るのは、清水さんだ。
 「スーパーで買い物をしていたら、『うちのテクノロジーで、これをしないか』とビジネスの話をしているのが聞こえました。また、レストランでも、隣の席のグループが、億単位になりそうなビジネスの話をしていました。日本にいてももちろん学びはありますが、日常生活の中でも大きなビジネスの話が飛び交う環境に身を置くことで、自分の成長の新陳代謝が早まるのではないかと感じました」
 白石さんは、シリコンバレーの滞在中、国民性について考え、自身の行動を振り返った。
 「シリコンバレーには、オープンマインドで、イノベーティブな人たちが大勢いました。そういう環境で学ぶと、周囲に影響されて、学ぶ力が高くなったり、挑戦したくなったりするのだと思いました。日本では、空気を読み、周囲に気を配ることが、マナーであり、そういう行動を期待されています。でも、シリコンバレーでは、それが弊害となり、大胆な挑戦ができなくなってしまいます。アントレプレナーを目指すのであれば、周囲を気にしてお利口にならず、自分の意志を通すようにしようと思いました。日本でも、EMCではそれができる環境であり、私が成長できる場所だと感じています」

最終日のPitchで今後のビジョンを語り、帰国後も奮闘する学生たち

 海外研修の最終日には、参加学生全員が、1人3分間で、シリコンバレーでの学びを踏まえて英語でプレゼンテーションするPitchを行った。会場となったオフィスビルに入居する日本企業の社員や日本人起業家らが大勢来訪し、学生のPitchにエールを贈った。
 白石さんは、「日本のトイレ」のビジネスをPitchのテーマにした。カナダ留学でホームステイをした際、家や学校のトイレが詰まりやすいことが気になっていた。今回のシリコンバレーのホテルでもトイレの水が流れにくく、ストレスを感じた経験から、日本のトイレが世界で役立つのではないかと考えたからだ(写真4)。
 「日本のトイレが、世界のトイレ問題を解決するのではないかと、ビジネスモデルを提案しました。フィードバックでは、『IoTやサステナビリティにもつながる』と新たな視点をいただいた一方、『ビジネスの目的が明確ではない』といった指摘もいただきました。帰国後は、プランを具体化させようと、トイレについて勉強を始めました」
 白石さんは、10月に開催されるトイレのシンポジウムに参加、また、日本やアメリカ、カナダ以外のトイレ事情を知ろうと、ゼミのインターンで訪れるカンボジアでもトイレについて調査する計画を立てている。
Pitchに挑む白石さん。
写真4 Pitchに挑む白石さん。
 熊谷さんは、Pitchで発表した「働く場所のインスタグラムを作る」というアイデアがNECの目に止まり、実現に向けて動き出している。
 「日本では、働く場所がオフィスやカフェ、図書館などで選択肢が限られています。しかし本来、自分の能力を最大限に発揮できる場所で働くことが理想です。そこで、自分がどこで働けばよいかを提案するアプリを開発するNECの事業に参加しています」
 一方、清水さんは、Pitchで思うような発表ができず、悔しさでいっぱいだったと振り返る。
 「熊谷さんは、Pitch をきっかけにNECとコラボを始めました。でも、自分にはそうしたこともなく、チャンスを逃した悔しさと自分の情けなさに落ち込み、大学をやめようかとまで思いました」
 そのどん底からはい上がることができたのは、シリコンバレーで出会ったアントレプレナーの数々の言葉だった。
 「皆さんが言われていたのは、『失敗は存在しない』『Success or Try』です。自分が落ち込んでいる間にも、周りの人たちはどんどん成長し、自分との差がさらに広がってしまう。重要なのは、立ち直りの早さだと気づきました。『悔しさをバネに』とよく言われますが、私の場合、バネが折れてしまったけれども、新しく作り直して、新たなステージで思い切り飛んでいこうという気持ちになりました」
 そして現在、清水さんは、人口約300人の新潟県粟島で、アントレプレナーシップ教育を行い、地域を盛り上げるパワーを生む活動に取り組んでいる。
 「過疎地域に世界の最先端を組み合わせることで、よい化学反応が生まれるのではないかと仮説を立てました。帰国後は、徳島や横須賀、千葉などで行われるビジネス交流会に参加して、自分の考えを発信すると、賛同してくれる自治体もあり、手応えを感じています。海外にも過疎地域はあります。粟島での取り組みが、世界を幸せにする方法の1つになることを目指しています」

ライバルであり、仲間として、互いを刺激し合い続ける

 5日間の経験は、学生のマインドを変え、その後のアクションを大きく変貌させた。海外研修に同行した津吹達也教授は、学生の成長を肌で感じ、教育者の醍醐味を感じるとともに、1年次でも3年次でもなく、2年次の夏に実施してよかったと振り返る。
 「アントレプレナーとのセッションでは、英語が得意ではない学生も積極的に質問をしていました。EMCの授業で、ゲストに質問する姿勢が身についていることを実感しました。本学部に入学して1年半の間に学んだことを発揮し、そして、シリコンバレーで吸収したことを帰国後の学びに生かして成長するという点で、2年生の夏が海外研修のベストのタイミングでした」
 学生たちは、帰国後、シリコンバレーで得た刺激が日常生活に埋もれてしまわないように、意識して行動するようになった。
 清水さんと白石さんは、寮で会ったら英語で話し、英語力を維持するよう努めている。清水さんは、モチベーションが落ちてきたなと感じたら、東京丸の内のバーに行き、その場に居合わせた初対面の社会人に話しかけて、自分を奮い立たせている。
 熊谷さんは、友人と2人で「failゼミ」を立ち上げた。週3回集まり、週の始めに週の目標と毎日やることを決め、週の半ばにチェック、週の終わりに目標の達成度を共有する。それを繰り返してモチベーションを維持している。
 「EMCの学生は、仲間であり、ライバルです。仲間だけど一緒に戦っている、『共闘』という言葉がしっくりくるかもしれません」(熊谷さん)
 伊藤羊一学部長は、学生が海外研修を一過性の体験に終わらせず、日本に戻って自分の行動に反映させ行動を変えていること、自らの成長の糧にし続けているマインドとアクションの変化に手応えを感じている。
 「持続のためには、日常での習慣化が重要です。それを仲間と実践していることに、EMCの強みを感じます」
 津吹教授は、EMCの今後にとっても、この海外研修の意味は大きいと語る。
 「学部新設から1年半、学生と一緒にEMCを作り上げてきました。これまでは国内での活動が主でしたが、今後、活動を海外に広げていくにあたって、この海外研修で得た手応えが、学生にとっても教員にとっても大きな自信になったと感じます」
 伊藤学部長は、海外研修は、学生や学部だけでなく、自分自身の成長にもつながったと語る。
 「コロナ禍になって初めての海外訪問でしたが、アメリカでは、コロナ禍においても活気があり、経済成長をしていました。一方、日本は停滞どころか、下降をたどっていて、その落差は大きな衝撃でした。そうした現状を受けて、今後、EMCは何を教育していくべきかを、改めて考えています。そして、学生の成長に、私自身、大いに刺激を受けました。学生は、『EMC生は仲間でありライバル』と言っていましたが、私もライバルとして学生以上にチャレンジし、学生を刺激し続ける存在でありたいと思います」
取材日:2022年9月30日
連載第5回は、2年次の必修科目「倫理観」で、西本照真武蔵野大学学長が登壇した「倫理観が向いているベクトル」をテーマにした授業をリポートする。