2022/07/08

第4回「高等教育の未来を考える」会 学びのインフラとして、デジタルテクノロジーをどのように活用して、高等教育を変革するか

グローバル化や多様化が急速に進み、ますます混沌とする現代社会において、答えのない問いに向き合い、よりよい未来を創っていく若者を育てるために、高等教育はいかに変革するべきか。ベネッセ教育総合研究所では、2022年1月から、各界で活躍する有識者の方々とともに高等教育の現状と課題を整理して、課題解決の具体的な方法を大学や社会に提言し、アクションに結びつけることを目指す「高等教育の未来を考える」会を発足し、議論を重ねている。
2022年5月に実施した第4回では、提言で発信する基本メッセージを確認するとともに、新たな観点として「テクノロジーの活用」について議論を深めた。

参加者

■座長 太刀川英輔氏
NOSIGNER 代表、JIDA 理事長、国立阿南工業高等専門学校 特命教授
(50音順)
■キリーロバ・ナージャ氏
株式会社電通 Bチーム クリエイティブ・ディレクター
■小林一木氏
ベネッセ教育総合研究所教育研究推進室 室長
■佐藤昌宏氏
デジタルハリウッド大学 教授・学長補佐
■塩瀬隆之氏
京都大学総合博物館 准教授
■林寛平氏
信州大学大学院教育学研究科 准教授
■平岩国泰氏
学校法人新渡戸文化学園 理事長
※当日欠席者
■木村健太氏
広尾学園中学校・高等学校 医進・サイエンスコース統括長、同学園 評議員
■松本美奈氏
上智大学 特任教授、帝京大学 客員教授、一般社団法人Qラボ 代表理事、東京財団政策研究所 研究主幹、教育ジャーナリスト

これまでの議論を整理して、提言のコンセプトを共有

 「高等教育の未来を考える」会は、幅広い分野で活躍する9人で構成され、これまで3回にわたり議論を行ってきた。ベネッセ教育総合研究所では、その内容を整理して提言に入れるべきキーワード案をまとめた。事前に各委員に意見をうかがい、それらを踏まえて改訂したキーワード案を基に今回議論した。
 提言作成の基本方針は、次の通り打ち出された。
  1. 学習者(学生)を主語にする。教える側(大学や社会)からのニーズを基にした提言とはしない。
  2. 未来を見据え、バックキャストによるポジティブな提言にする。
  3. 個々の具体的な施策は、その根拠となる課題・エビデンスとともに提言する。
 次に、基本方針を踏まえ、提言の「背景、想い」「コンセプト」が示された。
 「背景、想い」は、固定概念にとらわれることなく、学生を主語として学びの主体者がワクワクするような理想像を示すことが意識され、次のようなキーワードが示された。
①私たちの理想・想い
◎高等教育のあり方、目指すゴール
  • 学生のWell-being
  • 主体的な学習者、自分たちで学ぶ内容が決められる
  • 失敗を恐れずに、先生を超える学びの環境づくり
  • 自分が世界を変えられる自信を持つ
  • テクノロジーによる新たな学びの可能性
◎高校までの教育のあり方
  • 自律した学習スタイル、社会課題との出合い
◎日本のよさを生かした学びの環境
  • 日本の教育の課題だけでなく、よさを世界に発信する
  • 国際比較で「課題」ばかりが取り上げられ、自信をなくしているようにみえる状況を変える
②背景
◎社会の変化
  • グローバル、デジタル(テクノロジー)
  • 複雑化した社会課題
◎高等教育に期待される役割の変化
  • 人材育成としての大学(教養→専門、資質・能力の評価)
  • 社会との接続(就職、社会課題の解決)
◎現状と課題
  • 世界標準への目標を掲げたが……三位一体の教育改革は道半ば
  • 高校までの学びが大学での学びにまだまだつながっていない
  • 大学で学んだことが社会に役立っていない(不十分)という学生や社会の「感覚」
 「コンセプト」では、大学1・2年次の学びを象徴するキーワードを盛り込むことを確認した。
「大学1、2年次」の学びを変える
  • 初等中等教育の学びと専門教育の学びのつなぎ(トランジション)
  • 個人が社会や未来とコネクトする
  • 一生学び続ける主体的な学習者としての素地をつくる
 これらをまとめる提言の「タイトル」として、ポジティブ、かつ未来志向を重視した3つの案が挙がった。
案1
高等教育の未来ビジョン(デザイン)
~(未来の)新しいアカデミックリテラシーを創る~

案2
ASO (Active Self-organized or Self-motivated) VISION(アソビジョン)
~最高学府でいま、学生は何を学びたいのか~

案3
未来の学びデザイン~新しいリベラルアーツを創る~

テクノロジーは教育の「効率性」だけでなく、これからは、より「創造性」などの能力向上に生かされる

 提言のキーワード案には、各委員から概ね合意する声が寄せられた。一方で、これまでの議論では、高等教育の変革を進める上で不可欠となるテクノロジー活用に関する議論がやや不足していた。そのため、デジタルハリウッド大学教授・学長補佐の佐藤昌宏氏から、高等教育におけるテクノロジー活用について改めて問題提起があった。
 佐藤氏は、EdTech(エドテック)に関する深い知見と実践を基に、テクノロジーが高等教育の未来を切り拓いていく可能性を、「効率性」「創造性」の観点から語った。
 「効率性」の観点では、休校中や島しょ部、また不登校や病気療養中の子どもなどに「いつでも、どこでも、誰にでも」教育を届けやすくなること、さらにデータやAIの利活用によって「楽に、安く、早く、一人ひとりに、効果的に」教育を行いやすくなることが、デジタルテクノロジーの利点という考えを示された。
 佐藤氏は、GIGAスクール構想によって、効率性を支えるインフラは整ってきたが、それはあくまでも第1段階に過ぎないと言う。
 「日本の教育におけるテクノロジー活用は、『効率性』を重視してきましたが、今後はその先に進み、テクノロジーによって『創造性』の育成を目指すべきでしょう。コンピュータはこれまでに人類が手にした道具の中で、最も優れた脳の増幅器と考えられます。教育でも、いかにテクノロジーを活用して、『創造性』を始めとした能力を高めるかを考えることが重要です」と提言した。
 加えて、「テクノロジー自体は、善でも悪でもなく、何が正しいかを決めるのは人間である」という見地に立つ必要があるという考えを示し、STEAM教育の重要性について語った。
 「STEAM教育の『A』は、アートだけでなくリベラル・アーツも含んでいます。人間がコンピュータを活用して能力をアップデートしていくためには、倫理や道徳、哲学を含めたリベラルアーツの幅広い学びを通し、『真善美』を見極める力を育てることが欠かせません」(佐藤氏)
 佐藤氏は、テクノロジー活用の現状と課題を整理した上で、「効率性」「創造性」のそれぞれの観点から、これからの高等教育に向け、具体的に問題を提起した。

◎「効率性」の観点

  • 効率性を十分に発揮できる環境や教育システムを目指し、遠隔授業の60単位上限を撤廃して、学びに合わせて柔軟な教育を行えるようにする。
  • 一部の一般教養科目のモジュール化(委託)を可能にして、大学や学部ごとにオリジナリティを発揮しやすくする。
  • 大学入試制度では、従来の入試の一発勝負的な「定点観測」から、スタディログの活用などによる「常時観測」に転換する。

◎「創造性」の観点

  • STEAM教育の強化により、何が正しくて、何が間違いかを考える教育、言い換えると、答えが一つではない問いを探究する学びを充実させる。
  • 「イノベーションは自由な発想から生まれる」という考えの下、道具そのものや教育システムにできるだけ制限を設けない。
 最後に佐藤氏は、「テクノロジーの進化の先にあるのは、ユートピアか、それともディストピアか。便利かつ恐ろしい道具を手にしている私たちには、それを使っていかに幸せになるかを考える教育を実装することが強く求められているはずです」と述べ、問題提起を締めくくった。

デジタルテクノロジーは、あらゆる学びを支えるインフラである

 佐藤氏の問題提起を受けて、最初に、「効率性」と「創造性」との関係性について議論が交わされた。
 佐藤氏は、「一般に、教育におけるテクノロジー活用について、『効率性』の側面だけが語られ、『創造性』の面は体系的に語られていません。その根底には、テクノロジーで効率化を進める一方で、『創造的な教育は人間だけでできる』という考えがあると思っています。そこで、今回、『創造性』にもフォーカスして語り合いたいです」と述べた。
 それに対し、太刀川氏は、「効率性」と「創造性」は不可分な関係にあるはずという視点を提示し、「テクノロジーによって既存の教育の中にあるノイズを取り払って効率化し、そのようにして生み出された時間を使って創造的な学習を充実させられるはずです。創造的な授業を行う教員ほど、テクノロジーによる効率化をしていると感じます」と述べた。
 佐藤氏はその発言に共感を示し、「創造的な学びには、学生同士などによるコラボレーションが欠かせません。それを実現するためには、一定程度、共通の学力や体験を持つ必要があり、そのための学びはテクノロジーで効率よくできるでしょう。そうした効率的な詰め込みと、コラボレーションによる創造的な学びといった小さなサイクルの連続が重要ではないでしょうか」と提言した。
 信州大学大学院教育学研究科准教授の林寛平氏は、学習者から見た不合理な教育システムを取り除くことの重要性について述べた。
 「テクノロジーが進化すると、学びが変わり、新しい人材が育つと考えられますが、障壁はまだ多いと感じます。例えば、今の若者は同じ時間に同じテレビ番組を見るのではなく、好きな時に好きな動画を視聴する生活スタイルが主流です。興味がなければ次の動画に飛ばしたり、倍速で見たり、字幕を表示したり、動画と並行してチャットを活用したりと、様々な機能を器用に使いこなしています。それにもかかわらず、一斉授業の教室では、理解の早い人が長い時間待たされたり、理解が不十分でも置いていかれたりして、学習者には不合理と感じられる場面があります。教室に集まっていることの利点をもう一度振り返るとともに、テクノロジーを取り入れて、そうした障壁を取り除くことで前に進んでいく必要があると考えます」
 学びの評価にテクノロジーを活用する意義についても意見が交わされ、佐藤氏はスタディログの利点を説明した。
 「毎日の学びが自動的に記録され、後から振り返って自分と対話するのが容易になりますし、誰かと共有してピア・ラーニングすることもできます。テクノロジーで振り返りやすくなることで、学びは大きく変わるでしょう」
 京都大学総合博物館准教授の塩瀬隆之氏は、学力テストにCBT(Computer Based Testing)を導入するプロジェクトについて、「従来のテストは、先生が採点して集計し平均を算出してから返されるため、どうしても自分と他者を比べることから始まります。一方、CBTの場合は、問題を解き終えた後、瞬時に採点されるため、教員を介さずに自分の得点や課題を見つめられます。そうしたテストの変化により、他者に委ねていた評価を、学習者本人が取り戻すことにつながると考えています」と述べた。
 そうした議論の中で、テクノロジーの活用をどのような形で提言に盛り込むかも検討された。太刀川氏は、「テクノロジー活用として1項目を設けるのではなく、すべての項目の中に、テクノロジー活用によってどのような学びが実現できるかを提言できるとよいのではないでしょうか」と提案した。
 佐藤氏は、「テクノロジーはあらゆる学びのインフラと捉えています」と賛同を示した。

教員と学生が語り合うきっかけになるような提言にしたい

 提言を誰に、どのように発信するかについても、議論が交わされた。
 学校法人新渡戸文化学園理事長の平岩国泰氏は、「大学側は、外部機関の提案では受け入れにくいと思いますが、学生の意見であれば受け入れやすくなると思います。そこで、学生にインタビューをして、学生の声を盛り込むと、提言が教員の心に届きやすくなるのではないでしょうか」と提案した。
 株式会社電通 Bチーム クリエイティブ・ディレクターのキリーロバ・ナージャ氏は、それに賛同し、「何のために大学に通い、何を学ぶのか。そして提言に対して何を思い、その実現に対して先生や学生は何ができるのか。先生と学生が一緒に読んで、お互いの想いを確認して、フラットな気づきを得られるような提言にしたいと思います」と述べた。
 ベネッセ教育総合研究所教育研究推進室室長の小林一木氏も、「ぜひ学生の声を聞きましょう。提言の充実も図れるはずです。現状の教育システムでは、学生が発言する機会がほとんどありません。自分がなぜこの授業を受けているのか、考えるきっかけになる提言になるとよいと思います」と語った。
 提言をどの層に発信するかについても議論が交わされ、佐藤氏は、「教育の仕組みは立体的なため、教育の川上と川下の両方に対するアプローチが必要ではないでしょうか」と述べた。
 それに対して太刀川氏は、「例えば、教育長などのトップに発信する際にも、『学生はこう述べています』といった声は大きな後ろ盾となりそうです」という考えを示した。

2022年秋の提言を目指して議論を継続

 第4回の議論では、これまで議論してきた様々な提言の内容をデジタルテクノロジーの観点から捉え直すことにより、理想とする高等教育のあり方がより明確な輪郭を帯びて見え始めた。さらに、提言を誰に対して、どのように発信するかなど、提言の実効性を高めるための議論も進められた。
 今後、「高等教育の未来を考える」会は、2022年秋の提言を目指して、さらなる議論を重ねていく方針だ。