2022/02/25

第1回「高等教育の未来を考える」会 高等教育の課題を洗い出し、「よりよい未来を創る若者を育てる教育」にどう変革するか

グローバル化、多様化する世界の構造的な課題を解決し、よりよい未来を創っていく若者を育てるために、これまで以上に高等教育の重要性は増している。社会が急速に変化する中、これからの高等教育にはどのような役割が求められるか?そのあるべき姿は?
これらの問いに答えるため、ベネッセ教育総合研究所では、各界で活躍している有識者の方々と、高等教育の現状から課題を洗い出し、課題解決の具体的な方法を大学や社会に提言し、アクションに結びつけることを目指す「高等教育の未来を考える」会を2022年1月にスタートさせた。
2022年1月上旬に開催した第1回の模様をリポートする。

参加者

■座長 太刀川英輔氏
NOSIGNER 代表、JIDA 理事長、国立阿南工業高等専門学校 特命教授
(50音順)
■木村健太氏
広尾学園中学校・高等学校医進・サイエンスコース 統括長、同学園 評議員
■キリーロバ・ナージャ氏
株式会社電通 Bチーム クリエイティブ・ディレクター
■小林一木氏
ベネッセ教育総合研究所教育研究企画室 室長
■佐藤昌宏氏
デジタルハリウッド大学大学院 教授・学長補佐
■塩瀬隆之氏
京都大学総合博物館 准教授
■林寛平氏
信州大学大学院教育学研究科 准教授
■平岩国泰氏
学校法人新渡戸文化学園 理事長
■松本美奈氏
上智大学 特任教授、帝京大学 客員教授、一般社団法人Qラボ 代表理事、東京財団政策研究所 研究主幹、教育ジャーナリスト

今、高等教育の現場で起きていること

 2022年1月、ベネッセ教育総合研究所の主催により、第1回「高等教育の未来を考える」会が開催された。座長を務めるNOSIGNER代表の太刀川英輔氏のほか、教育関係者を中心に幅広い分野から8人が参加。高等教育の現状と課題を認識し、よりよい高等教育のあり方を大学や社会に提案、提言することを目的として、議論を交わした。
 第1回の今回は、ベネッセ教育総合研究所からの問題提起を起点として、まずは、それぞれの参加者が高等教育に関して考えていることを自由に語り合った。
 最初に、ベネッセ教育総合研究所の劉愛萍研究員が、高等教育に関する様々なデータを用いて、次の5つを問題提起した。
  1. 大学のユニバーサル化
    • 大学の進学率が向上し、学生の質は変化している。さらに、入試選抜方式が多様化し、国公立大学・私立大学ともに、総合型・学校推薦型選抜の入学者数の割合が上昇している。
  2. 大学の変化
    • 約7割の大学は、学生の高校段階の学力に合わせて、学力別のクラス分けや入学前後の補習授業などの取り組みを行っている。
    • 初年次教育では、学び方や進路選択、マインドセット、メンタルヘルスなど、学生のニーズに対応したきめ細かな対応を行っている。
    • グループワークやプレゼンテーション、ディスカッションなどの協働的な学習機会が増加傾向にある。
  3. 大学生の学習に対する認識
    • あまり興味がなくても、単位が楽に取れる授業を求める傾向がある。
    • 大学生の学習時間は、小学生の学習時間のほぼ半分であった。しかし、「グループワークなどの共同作業」「教員との双方向のやり取り」など、能動的に取り組む授業を経験した頻度が高い学生ほど、学習時間は長かった。
    • 能動的な学習に取り組む学生は半数を超え、増える傾向にある。
  4. コロナ禍の影響
    • オンライン授業に対して大きな不満はないが、「友人などと一緒に授業を受けられない」といった声もあり、協働的な学びを実施しづらい状況にある。
  5. 高校教育の実態
    • 5割の高校教員が、現在、探究学習の指導をしている。探究学習のテーマは、「社会や地域の課題解決」「職業や自己の進路」が多い。
    • 多くの生徒は、インターネットによる情報収集、ポスター発表やプレゼンテーション、論文作成などを経験している。
    • 教員が考える探究学習における課題は、「探究に必要な教科の知識不足」「生徒の熱意の差」「探究すべき課題や問いが設定できない」などが多い。

日本人はなぜ、創造性を発揮できないのか

 それらの問題提起を踏まえ、劉研究員は、参加者に議論してほしい2つの議題を提示した。
  1. 大学生の現状、課題をどう捉えるか?
  2. 大学での学習のベースになる大学1・2年次の「学び」の現状と課題をどう捉えるか?
 2つの議題に基づいて、太刀川氏のファシリテーションにより、参加者が自身の活動や研究のフィールドを紹介した後、本題の議論に移った。
 初めに太刀川氏は、自身のフィールドワークである創造性の研究の観点から、今の教育に不足している視点を指摘。「自分が創造的だと思っている人の割合は、世界平均の44%に対して、日本人は8%に過ぎません。その大きな要因は、創造性を発揮させる教育が行われていないことだと考えます」と述べた。
 太刀川氏は、創造性教育の一例として進化思考を紹介し、生物学から学ぶ価値を提示した。あらゆる探究の構造には、対象を分解して考える「解剖」、外とのつながりを捉える「生態」、過去から現在までの流れを知る「系統」、未来を考える「予測」の4つの要素があると説明(図1)。
 「こうした探究は、数百年にわたって発明や科学の背景となるものです。むしろこれらの枠組みによって各教科は生み出されてきましたし、あらゆる発明がもたらされてきました。しかし、今の教育には、このような本質的な創造性教育が十分ではありません。大人になるまでに、こうした本質的な思考プロセスを偶然身につけた人とそうでない人の間には、圧倒的な能力格差が生じていると感じます」と問題意識を語った。
図1
※出典:太刀川氏提供資料

高校までに学びや探究の楽しさをしっかりと伝えたい

 続いて、高校教育の現場からの意見として、学校法人新渡戸文化学園理事長の平岩国泰氏より、日本財団が実施した「18歳意識調査」の結果が紹介された。日本の若者は「自分を大人だと思う」「自分で国や社会を変えられると思う」といった意識が、国際的に見て著しく低いことに懸念を示した。
 そして、「小中高の12年間ずっと子ども扱いをし、社会を見せずに受験というゴールだけを示し続けた結果ではないでしょうか」と指摘した。
 さらに、平岩氏は、自身が理事長を務める新渡戸文化中学校・高等学校の探究学習を軸としたカリキュラムを紹介。毎週水曜日は1日を通して探究学習(クロスカリキュラム)に取り組み、その過程で生じた興味や意欲を教科学習につなげたり、学期の冒頭に「エンゲイジ週間」を設けて、各教科の学びが生徒自身の興味・関心とどのように結びついているのかをイメージしたりする実践を説明した(図2、図3)。
 「こうした教育の成果の1つとして、本校では、『自分で国や社会を変えられると思う』といった項目でポジティブな回答が多く出ています(図4)。さらに、進路選択において、『大学で何を学ぶか』『仕事にチャレンジしたい』『海外に行ってみよう』など、自身の進路を能動的に選択する姿が見られます。高校までに学びや探究の楽しさをしっかりと伝えながら、その後を託す大学にも変わっていくことを提言したいと思います」と述べた。
図2
※出典:平岩氏提供資料「中学校・高等学校でのクロスカリキュラム」
図3
※出典:平岩氏提供資料「中学校・高等学校 学期はじめのエンゲイジ週間」
図4
※平岩氏提供資料(日本財団「第20回18歳意識調査『国や社会に対する意識』(9カ国調査)2019年」×学園内生徒アンケート)
※日本財団 https://www.nippon-foundation.or.jp/

「何のために学ぶのか」を明確に意識できる仕組みを

 同じく高校教育に携わる広尾学園中学校・高等学校医進・サイエンスコース統括長の木村健太氏は、「大学は何をしに行く場所か」を学生本人が十分に認識する必要があるという意見を述べた。「私は、『学校は未来を創る場であり、今の社会に適合させる場ではない』と常々語っています」と話す。
 木村氏は、「OECD Education 2030」の「ラーニング・コンパス」を示し、「Well-Being(一人ひとりの多様な幸せ)」の実現のために、一人ひとりが「エージェンシー」を発揮することの大切さを語った。
 「しかし、日本は手段であるナレッジやスキルの習得が先行する状況が見られます。まずは生徒や学生、そして伴走する教員が、『自分もみんなも幸せな未来を創る 』という全体のゴールを認識する必要があると考えます」と主張した。
 さらに、木村氏は、これからのカリキュラムは、基礎・応用・活用といった順に進む「積み上げ型」だけではなく、「創る(探究・プロジェクト型学習)」と「知る(文・理の教科知識や専門知識)」が往還する「循環型」も取り入れることの重要性を説明(図5)。「生徒が面白いと感じるポイントは、個々に異なります。循環型カリキュラムは、意欲に応じてどこからでも学び始めることができ、学びを個別最適化していきます」と述べた。
 また、探究や研究では、テーマ設定の過程を通して社会につながっていくことが重要である(図6)とし、「自分がやりたいという次元から社会への貢献に昇華させることで、社会や人類にとって新たな価値を生み出します。それを実現することで、自己肯定感や自己効力感も高まっていくでしょう」と語った。
図5
※出典:新しい学びのプラットフォームSTEAMライブラリー Ver. 1
https://www.steam-library.go.jp/about/steam
図6
※出典:木村氏提供資料

素晴らしい成果を残す実践が、なぜ普及しないのか

 平岩氏と木村氏の話を受けて、太刀川氏は、「それぞれチャレンジをされており、素晴らしい成果も上げられています。効果がある方法が実証されているにもかかわらず、それが全国に普及しないのはどうしてなのでしょうか」と、参加者に問いかけた。
 上智大学特任教授で一般社団法人Qラボ代表理事の松本美奈氏は、「変わらないことをよしとする、いわば既得権益の存在が要因の1つかもしれません。昨日と同じ今日でありたいと考える人がいると、なかなか変われません」と述べた。そして、相変わらず一方的な講義形式の授業がどこの大学でも目につくことや、学生からの提出課題やテストの答案をフィードバックしない現状などを例示。「今、目の前の学生が何を必要としているか、大学は真摯に受け止める必要があります」と指摘した。
 一方で、松本氏は、今後、議論を進める上での課題も提示。「ここにいる参加者が抱く大学像は、一人ひとり異なるはず。それではいくら議論しても、齟齬が生じるのではないでしょうか。例えば、大学生の学習時間のデータがありますが、どの学部に所属するかによって、実態は大きく異なります。医・歯・薬学部などの国家試験につながる学部と、そうでない学部では、学習時間が違います。あるべき高等教育の未来に向けて語り合うのであれば、そういった『事実』を共有し、方向性をあわせる必要があるでしょう」と提言した。

教育の制度や仕組みを変革する「EdTech」の可能性

 デジタルハリウッド大学大学院教授・学長補佐の佐藤昌宏氏は、新渡戸文化中学校・高等学校や広尾学園中学校・高等学校の実践が、中等教育のスタンダードにならない現状には、教育の制度や仕組みに要因があるのではないかと指摘。佐藤氏が研究テーマとするEdTech(エドテック)(※1)が教育にもたらすイノベーションの可能性について語った。
 佐藤氏は、その一例として、コロナ禍においてオンライン教育が一気に普及したが、指導と評価の一体化という観点で考えると、遠隔教育における学習評価の手法が確立されていないことを課題に挙げた。
 「現在、オンライン教育における、データやログに基づいた指導と評価の仕組みの研究を進めています。急激な変革は受け入れられない場合が多いため、イノベーションのステップを細かく踏むことを意識しながら、社会実装を進めたいと考えています」とビジョンを語った。
※1 教育現場にテクノロジーを取り入れ、様々なイノベーションを起こす動きやサービス。

学生を「大人」として迎え入れる覚悟が必要

 京都大学総合博物館准教授の塩瀬隆之氏は、「理想の学校」を目指して開校した公立不登校特例校の岐阜市立草潤中学校について紹介。同校は、「授業はオンライン併用で、通学形態を生徒自ら選択することができる」「担任は、生徒の選択制」「時間割は、教員と生徒が相談して一緒に決める」など、革新的な教育方針の学校だ。
 「確かに変えたくない力もないわけではないので動かせないことはありますが、『このままではいけない』と考える人も多く存在します。そうした層にいかに訴えかけるかを考えて提案することで、開校に至りました」と説明する。
 塩瀬氏は、「18歳成人」が教育のターニングポイントになる可能性を指摘。「デンマークでは18歳を迎えると高校から家庭に電話があり、『成人になったので、今後、学校から保護者に連絡することはない。すべて本人から聞いてほしい』と伝えられると聞きました。日本に、学生を大人として迎え入れている大学がどれだけあるでしょうか。大学が学生を大人と捉えて向き合う覚悟を持つことで、新たなステップへと切り替えられる可能性があります」と話した。

大学という概念が拡張し、「社会問題の教育化」が進む

 信州大学大学院教育学研究科准教授の林寛平氏は、比較教育学の観点から、高等教育にかかわる多様な現状や課題に言及した。その1つは、「大学という概念が拡張し、1つの大学だけでは語れなくなっている」という点だ。
 「大学で社会改革やイノベーションを起こしたり、生涯学習の場としたり、トランスナショナル高等教育(※2)の議論が活発化しています。国内でも、東京医科歯科大学が、東京外国語大学に語学科目の授業を一部委託することが話題になりました」と現状を語った。
 その一方で、「社会問題の教育化」の問題には、疑念を呈した。
 「社会問題は直接的な解決が求められますが、教育を通じて解決するという議論が強まっています。SDGsやグローバリゼーション、人生100年時代などがその一例です。本来、教育外にある問題を教育に持ち込んでも、社会が教育に依存するだけで、何も解決しない状況が生じかねません」
 さらに、学生自治の確立が急務と主張した。
 「日本の高等教育においては、何を学ぶのか、どういったカリキュラムを作るのかといった議論の中に当事者である学生が存在しません。すべてがお膳立てされた場で学んでも、学生は大人にはなれないでしょう。大学は、学生が社会とコミュニケーションする場であると捉え直す必要があるのではないでしょうか」と、林氏は提言した。
※2 自国の大学が他国内の分校や提携機関により他国内学生を教育し、学位を授与する。

型を身につけた後、いかに個性化していくかが課題

 株式会社電通 Bチーム クリエイティブ・ディレクターのキリーロバ・ナージャ氏は、両親の転勤により世界6か国の学校で教育を受けた経験を基に、日本の教育について客観的な視点を提示した。ナージャ氏は、日本の小学校では、勉強だけではなく、音楽や美術、家庭科など、多様な体験ができ、実はとても恵まれていると語る。しかし、いつからか、型にはめる教育に偏ってしまい、型を覚えた後のステップがないことに、問題意識を持っているという。
 「学び進めるためにはガイドラインが必要ですから、まず型を示すことは悪いことではありません。しかし、型を身につけた後に、自分らしく生かすために型を発展させる教育が十分ではないのではないかと感じています」と述べた。
 その一例として、ナージャ氏は、大学入試の数学の試験について、日本とロシアとの違いを説明。日本では、学習した公式を用いて時間内に解答することが求められる。一方、ロシアでは、基礎的な公式以外は作ることから求められる筆記試験が4時間行われ、別日には、その場で与えられた問題に対して解答の導き方を説明する口頭試験もあったという。
 「日本では、最終的に型が身についたかをチェックするのが大学入試だと感じます。この先、科学技術も活用して、習得した知識をどう使いこなすかを考える学びを実現すると、日本の教育はもっと発展すると思います」と提言した。

わからないことを探究する学びを教育現場に

 座長の太刀川氏は、「皆さんのお話を聞いて、人間がわからないことに出合い、解き明かした方法は、数百年の間、変わっていないのだと、改めて思いました。人類はわからないことを探究して発展してきたにもかかわらず、今の教育はわかっていることだけを教えているので、新たな謎や疑問に出合う機会が少ないのかもしれません。本日の議論は、私自身が『わからないことに出合えた』時間でもありました」と議論を締めくくった。
 ベネッセ教育総合研究所では、今後も同メンバーで検討会を継続する。検討内容は、今回同様、継続的に発信する。この活動は、複数年の取り組みを視野に入れ、大学や社会に提言するとともに、具体的なアクションにつなげ、社会課題の解決、そして社会の変革に貢献することを目指す考えだ。