自分のことをよく理解していると自信を持って言える人は、多くはないだろう。あえて自分自身を観察する時間を取ることはなかなかない。しかし学生時代に自分自身のあり方と重なるテーマを選べた人は、その後、社会で活躍する可能性が高い。こうした自己と学びの接続は、学内外のどこで発生するかはわからない。しかし大学が学生の人生を考え、テーマと出合う場となる機会を目指すことはできるはずだ。この章では、学生が自己認識と自己決定を促す場となるためのヒントをまとめておきたい。
学生は学外・学内問わず、高校生までに、様々な探究を経験してきているはずだ。そして大学では、より自分自身の興味に近い、探究的な未知への学びの機会が増えるだろう。しかし受験を終えて入学したばかりの大学生は、時期的に「入試のための勉強」というマインドから抜けきれていないかもしれない。だからこそ大学入学からの序盤では、学び方のマインドセットを「試験」から「探究」へと切り替えるプロセスが重要になる。学生の中には自分のテーマをまだ決めきれていない人も多いはずだ。それを発見する助走期間として、自己理解からマイテーマの設定が大切になる。大学は、学生自身による自律的な学びのプロデュースを促し、自分で学びを求める姿勢を養うカリキュラムが必要になるだろう。
自己の理解を促すというと難しく聞こえるかもしれないが、実は自己理解も観察力の向上と機会の提供によって促せると私たちは考える。学生自身が、自分は何に興味があり、これまで何に助けられ、どんな影響を受け、将来をどうしたいのか。自分は今、何を、なぜ、学ぼうとしているか。そんな自身を取り巻く関係性を俯瞰して捉える練習を、カリキュラムに取り入れるといいだろう。学生が大学での探究を自分事として夢中になって取り組むために、学びの下地となる自己理解の時間をつくろう。
事例
他者や自分自身と対話して、自己理解と自己変革を促すカリキュラム。
テーマ型の学習は、まだ答えが決まっていないところが「未知」の学びとして素晴らしい。しかし学生がテーマ型学習を自分の人生につなげるには、テーマと自分の人生との重なりが実感できることが必須だろう。そのため、まずは自己理解のプロセスから、自分が取り組みたいテーマを掲げよう。自身を探究した結果、情熱を持って取り組める「ライフテーマ」と出会えるように、大学は学生と社会の多様な接点をつくろう。
学びを自分事にするには、履修した授業は強制されたものではなく、学生が自分で決めたのだと実感してもらう必要がある。このプロセスのために、学生自身になぜこの授業を履修するのか、それがどう自分の未来や周りの幸せにつながるかを考えてもらい、最初の授業で宣言してもらおう。
逆に教員は最初に「なぜこの学問を学ぶとよいのか」「この学問は社会とどう関連しているのか」など、学生が学ぶ意義を伝えることから授業を始めよう。そうすれば学生にとっては「自分の探究するテーマ」に授業を紐づけ、学びを構築するきっかけが生まれる。学生が自分と学問を関係づけるところから授業を始めれば、自分事として授業に向かいやすくなるだろう。
事例
入学前に学びたかった分野が入学後に変わることはよくある。高校までは自分を文系だと思っていた学生が理系の専攻に興味を持つこともあるだろう。学生一人ひとりを「個」として尊重するICU(国際基督教大学)では学生が自由な意思で専攻を決められるよう、その選択肢を多様に用意している。
自分の将来をイメージしたとき、未来の自分に必要な知恵はどんな授業から得られるのか。それを学生が自分自身に問いかけながら、履修を決定するプロセスを取り入れよう。授業を通して学生の自己成長やテーマ探究を促すには、どの授業を履修すると目標に対して効果的かアドバイスする、大学や教員のサポート体制が重要になる。自分が固有のテーマを持ち、未来から逆算して、カリキュラムを自分で組み立てる。そんな学びを得ることが、学生の自信につながるだろう。
学生が未来の自分を多少なりともイメージできていれば、将来役立つ学びは自分で判断できるはず。まずは学生が自分の興味、得意なこと、そして目指す未来像を想像し、実現までの道筋を未来から現在への「バックキャスト」でプロセスを考えるよう促してみよう。将来の自分が社会とつながり、生き生きと未来を歩む姿を想い描けるように導こう。こうして学生個人の興味や夢は、具体性を伴った目標、すなわち野望へとつながっていく。
学生は中高や受験での経験から、評価とは試験やレポートなどの課題を通して学校や先生に自分の価値を判断されることだと考えているかもしれない。しかし学びのプロセスにおける評価とは、学生を選別するためのものではない。理想的には評価は自分の力を試し、課題を自己発見し、自分の成長につなげる自己確認の手段ではないだろうか。そのためには、学生が誰かによって評価されるのではなく、自分自身で評価できる仕組みがあるとよい。テクノロジーも駆使して自己評価を取り入れ、他者からの評価によって自己肯定感を下げる負のループから、学生たちを守り、自己評価による成長の機会を与えよう。
事例
課題解決型のプロジェクト科目の中で、学生自身が自分の学習目標となるルーブリック(達成度の評価)を作成し、自己評価する。
まず一歩目として「教員は評価者だ」という前提を疑ってみると、教える立場にも新しい可能性が生まれてくる。例えば学生自身が先生になり、自分自身の言葉で他の学生に教える体験を提供できないだろうか。実は学習の効果は、学生として誰かから教わるよりも、他の人の先生になって教える方がはるかに高いと言われている。教える方法から逆算して、どう学ぶのかを自分で設計する。どんな学びを受けたいかを学生が考え、それを実践する機会を提供するのはどうだろう。
TIPS
学生の質問を中心に授業を組み立てることで、授業に対する期待値の調整と学生の主体的な授業への参加を促す。
また、教員側は授業全体の詳細なデザインが不要となり準備の効率化につながる。
創造性を発揮するには偶発的な思考と観察的な思考の組み合わせが不可欠だが、両方とも評価が難しい。偶発する学びには一つだけの正解は存在しないし、どれくらい深く観察できたかを点数で評価するのは困難だからだ。
つまり創造的な学びに関しては、教員による評価以外に別の評価方法が要るだろう。いっそ3割くらいの授業では教員による評価を無くしてはどうだろうか。
代わりとして、学生同士に互いの探究をピアレビューさせるのも良い方法だ。意見の交換から個々の更なる探究を促す学びの機会をつくることで学びの共創につながり、自分を客観視するトレーニングにもなるはずだ。また自分自身の学びをリフレクションする機会を定期的に設け、自分の探究を記録として提出させるのもよいだろう。全ての授業を評価する前提を疑おう。
TIPS
学生へのフィードバックは重要だ。しかし、フィードバックでは改善点ばかりを指摘してしまいがち。すると学生の意欲は上がらず、できないことばかりが記憶されてしまう。そうならないために相手に寄り添うフィードバック方法を紹介する。
この方法を使い、学生同士で相互にフィードバックすることで、自分自身の理解につながる。