2022/01/14

第1回【総論】子どもの教育機会の保障に向けて重要な課題とは?(耳塚寛明 青山学院大学)

耳塚寛明教授
青山学院大学 コミュニティ人間科学部 学部特任教授 耳塚寛明
(プロフィール)
専門は教育社会学。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。国立教育研究所研究員、お茶の水女子大学講師を経て、同大学教授、文教育学部学部長、理事・副学長を歴任。現在、文部科学省「全国的な学力調査に関する専門家会議」の座長を務める。

都道府県間の学力格差は縮まるも、家庭環境による格差が課題

 子どもの教育において、今、最も憂慮すべき問題は学力格差といえるでしょう。
 2007年度に開始された文部科学省「全国学力・学習状況調査」と同様に、昭和時代には、当時の文部省によって「全国学力調査」が行われていました(1956〜1966年実施)。当時の都道府県別の平均点を見ると、東京都や大阪府など大都市圏を含む都道府県が上位に並び、北海道や東北、九州の一部の県が下位にありました。学力水準が、都道府県の経済水準と密接に結びついていたのです。
 加えて、得点の差が非常に大きく、ある年の中学2年生国語の平均点は、1位の都道府県が64.6点(100点満点、以下同)、46位の都道府県が44.8点で、同様に英語は、1位が74.0点、46位が54.5点と、最上位と最下位との間に約20ポイントの差がありました。
 その学力格差の様相は、平成時代に変化しました。
 図1は、横軸に1人あたりの県民所得、縦軸に「全国学力・学習状況調査」の都道府県別の結果をプロットした、2007(平成19)年度のデータです。点は中央に密集し、都道府県間の差が小さいことが分かります。さらに、秋田県や青森県は、学力は高い位置にありますが、県民所得は低い位置にあります。都道府県の経済水準と学力水準の相関は、ほぼ見られなくなったのです。
 そうした変化の要因の1つには、都道府県間の経済水準が平準化したことが挙げられるでしょう。義務教育費の国庫負担制度なども、自治体の財政力による学力格差の縮小に寄与したと考えられます。
図1 2007(平成19)年度 1人あたり県民所得(横軸)と学力水準(縦軸)

図1 2007(平成19)年度 1人あたり県民所得(横軸)と学力水準(縦軸)

注)横軸:1人あたり県民所得、2007(平成19)年度、単位千円
縦軸:学力水準、2007(平成19)年度、文部科学省「全国学力・学習状況調査」における小学6年生国語(AB)、算数(AB)の都道府県別平均値の合計
図は、耳塚学部特任教授作成。
 江戸期までにあった、読み書きなどのリテラシー格差は、明治期以降は学力格差へと姿を変えました。昭和期を通じて都道府県間での学力格差の克服ができませんでしたが、平成期になりその格差は縮まりました。
 しかし、学力格差そのものが解消されたわけではありません。家庭の経済的・文化的環境による学力格差の克服が、令和期の今でも課題として残っています。
 「全国学力・学習状況調査」と「保護者調査」を用いて分析したところ、同じ都道府県内でも、高学歴者が多く住む地域や、経済的に豊かな家庭が多い地域にある学校は、学力が高い傾向にあることが分かりました。また、家庭における読書活動や、生活習慣に関する働きかけ、親子間のコミュニケーション、親子で行う文化的活動は、いずれも学力にプラスに影響しているという結果が出ています。
 家庭の経済的な豊かさ(経済資本)、文化的な環境(文化資本)は、子どもの学力に大きな影響を与え、その格差が顕在化してきているのです。
 そうした中、私が心配しているのは、コロナ禍によって、子どもの教育上、家庭の果たす役割の重要性が大きくなったことの影響です。家庭環境による教育の格差を縮小する役割を担うのは、学校です。その学校が一時的に休業となり、子どもの教育への家庭の影響力がその分強くなったことで、学力格差が広まったのではないかと推測しています。それは今後、検証が必要だと考えています。

地域間や学校間でのデジタル活用の差が生む、新たな学力格差

 令和に入り、新たな格差も生じてきています。地域間や学校間でのデジタル活用の差です。
 OECD(経済協力開発機構)による「生徒の学習到達度調査(PISA)」の2018年調査の結果から、調査対象である高校1年生のデジタル読解力(インターネット上などでのデジタルデータから必要な情報を探し出し、読み取る力)が国際的に見て憂慮すべき事態であることが浮き彫りになりました。学校でのデジタル機器の利用時間や、コンピュータを使って宿題をする頻度が、OECDの加盟国の中で最下位である一方、インターネット上でチャットやゲームを利用する頻度は、OECD平均よりも高い状況でした。コンピュータを遊びには使うものの、学習にはほとんど使っていないことが分かったのです。
 GIGAスクール構想によって、2021年春までに大半の公立小・中学校で1人1台の端末が配備されましたが、それで問題が解決に向かっているわけではありません。ベネッセ教育総合研究所が2021年8〜9月、全国の小・中・高の教員を対象に行った調査(※1)では、デジタル機器の配備や利活用の状況に地域差があることが明らかになりました。
 例えば、高校の1人1台端末の配備状況を見ると、中国や四国では50%を超えていましたが、北海道では20%を下回り、東北や近畿は約25%と、未整備の状況が目立ちました。本調査では、都道府県別の配備状況は分かりませんが、地域差があると推測できます。
※1 ベネッセ教育総合研究所「小中学校の学習指導に関する調査2021」「高等学校の学習指導に関する調査2021」(2021年8~9月実施)
 利活用の面で注目すべきは、端末の家庭への持ち帰りの状況です。
 「端末をまったく持ち帰らせていない」の割合が、特別区・政令指定都市では、小学校が3割強、中学校が5割強に対し、人口5万人以下の自治体では小・中ともに8割弱に上りました(図2)。地域別に見ると、北海道、東北、中国、四国では、「まったく持ち帰らせていない」の比率が7〜9割と、地域間で家庭での端末の利活用に大きな差が生じている状況が浮き彫りになりました。

図2 1人1台端末の持ち帰り状況

図2.1人1台端末の持ち帰り状況
 端末の持ち帰り状況の地域差から推測されるのは、授業での利活用による地域差です。GIGAスクール構想の目的は、子どもが授業でデジタル機器を使って学び、家庭学習でも主体的にデジタル機器を活用することで、PISA調査で課題となったデジタル読解力を高めたり、個別最適な学びや協働的な学びを充実させたりすることにあります。
 デジタル機器の利活用に地域差があるままでは、都道府県間の新たな学力格差につながりかねません。

自分好みの世界に浸る子どもたち

 子どもの意識についても、気になることがあります。
 「全国学力・学習状況調査」の小学校の質問紙調査では、「将来の夢や目標を持っていますか」という質問で「あてはまる」の割合が、2017年度は7割だったのが、2021年度は6割だったことです。4年間で、夢や目標を持つ子どもが1割減少したのは、大きな変化と捉えています。
 コロナ禍に象徴される先行き不透明な社会において、特定の夢や目標を持つことは、子どもにとって難しいのかもしれません。明確な目標を持たない方が、社会の変化に柔軟に対応できるともいえるでしょう。一方で、学びや社会参画への動機づけ、人生の活力という面では、夢や目標がないと問題があるのではないかと感じています。
 子どもが自分の嗜好にとどまる傾向にあることも、気になる課題です。
 デジタル機器(スマートフォンやパソコンなど)の利用時間は、テレビやDVDの視聴時間を上回り、新聞や書籍を読む時間は圧倒的に少ない状況です(東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所共同研究「子どもの生活と学びに関する親子調査2020」)。
 大学生に話を聞くと、「ニュースはちゃんと見ている」と言いますが、そのメディアはインターネットのニュースサイトであり、新聞やテレビではありません。インターネットのニュースサイトは、AI(人工知能)によって自身の嗜好が反映された情報が自動的に表示されますから、自分の見たい世界だけを見ているに過ぎません。新聞やテレビを見なければ、社会全体を俯瞰した情報を得る機会がほとんどないといえるでしょう。
 特定の分野には詳しく、深い専門性があるものの、世界観に偏りが見られることを、どう捉えればよいのか考えさせられます。

家庭でも学校でも、異質な他者と出会う機会を

耳塚寛明教授
 子どもの教育において特に懸念されることを挙げてきました。
 学力格差は、教育にとどまらない、社会の課題です。どの家庭に生まれたかによって、学力に差が生じ、それが職業や所得に大きな影響を及ぼします。この問題を放っておけば、努力の報われない、地位達成の機会が不平等な社会としての性質が強くなり、それこそ誰も夢や目標を持てなくなってしまいます。
 学力格差を生み出す要因の1つである家庭の「経済的格差」は、国がリーダーシップを取り、その差をできるだけ小さくする政策が期待されます。家庭の経済的格差に対しては、雇用拡大や所得再分配、福祉制度の充実などが、大きく貢献するでしょう。
 自治体に対しては、財政力に応じた補助金の仕組みが考えられます。ベネッセ教育総合研究所が実施した調査(※1)では、「持ち帰っても活用できるアプリ等が入っていないため、できることが限られている」「学校のネット環境や本体のアプリが整っていないので、家庭に持ち帰っても家庭学習に使えない」といった自由回答がありました。補助金によって学習アプリを充実させたり、教員研修の実施やICT支援員の雇用などを支えたりしていけば、デジタル機器活用の地域差を縮めることは可能なはずです。
 一方、学力格差を生み出すもう1つの要因である家庭の「文化的格差」は、国や自治体の施策が及びにくい領域です。経済的に豊かになれば、文化的な豊かさを補える面もありますが、それだけで精神的な豊かさは得られないからです。
 まずは、家庭でも学校でも、意図的に異質な他者との出会いをつくったり、他者が編集した情報に触れる機会を設けたりすることが望まれるでしょう。異質な他者の存在を知ってこそ、平等は意味を持つのであり、自分には必要ないと思う情報や、全く知らない世界の情報にも触れることが、社会に目を開き、人生の選択肢を増やすことにつながります。そうした経験を積み重ねていき、子どもたちが様々な格差を乗り越えていくことを願っています。