2022年東京大学経済学部卒業。2023年東京大学大学院修士課程修了(経営学)(先端経済国際卓越大学院プログラム修士課程短縮修了コース)。2023年4月より、同大学院博士課程に在籍。日本学術振興会特別研究員(DC1)。主な研究分野は経営組織論。チームにおける心理的安全性の形成や、チームについて、主に定性的な手法を用いて研究している。
教員の協働を促す問い形式の学年目標
- #協働
- #チーム
- #教育現場
公開2023/3/29
本記事は、問い形式の学年目標を導入した結果、教員の協働が促進された都内のS中学校・高校の取り組みを紹介する。取り組み前は、各教員がクラスの運営について大きな裁量権を持ち、自律的に働いていた。しかし、取り組み後は、学年団の教員全員が問いを軸に考え、行動するようになり、互いに関わり合いながら授業や行事を企画するようになった。問いの形で目標を提示することが、どのように教員の協働を促すのかについて、研究の一部をもとに考える。
本ページのコンテンツ
1.教育現場におけるチーム
近年の組織の活動において、チームの役割や協働することの重要性が増している(Edmondson, 2012/2014)。教育現場においても、教員がチームとして協働することの必要性が唱えられている(Vangrieken et al., 2015)。文部科学省による中央教育審議会初等中等教育分科会(平成27年11月16日)でも、「チームとしての学校」を実現することが提唱され、その一環で、教員が「チームとして」教育活動に取り組むことの重要性が述べられている。教員が協働することにより、教員のモチベーションや、生徒のパフォーマンスが向上するなど、様々なメリットが生じることがわかっている(Vangrieken et al., 2015)。
しかし、実際の教育現場では、教員は担任するクラスにおいて個人で活動することが多く、自律性が重んじられる傾向にある(Vangrieken et al., 2017)。そのため、授業進度やテストの内容などに関する実務的な話し合いは見られるものの(Vangrieken et al., 2015)、互いにフィードバックを与えたり、求めたりする行動をしばしば控えることが指摘されている(Edmondson et al., 2016)。
2.研究概要
本記事では、S中学校・高校(以後、S校)を対象とした研究の一部を紹介する。S校では、問い形式の学年目標を導入した結果、自律性が高く、個々で仕事をすることが多かった状態から、教員の協働が見られるようになった。問い形式の学年目標が、教員の協働をどのように促進するのだろうか。
調査では、インタビュー、日誌、アンケートにより、データを収集した。インタビューは、S校の教員8名に対して約30分の半構造化インタビューを行い、取り組みにより生じた変化について聞き取りをした。日誌は、学校のイベントごとに、リアルタイムで感じたことを記録することを目的とし、学年団の教員でのやりとりや心理的安全性に関連するエピソードなどを回答してもらった。アンケートは、教員の基本的属性や、職場での心理的安全性などについて、データを収集した。これらのデータをもとに作成したケースから、主に教員の協働に関連する内容を、取り組み前後で比較しながら紹介する。
3.S校における取り組み
S校では、今回の取り組み以前は、スローガンのような形で学年目標を定めていたという。しかし、教員も生徒も日常で学年目標を意識することがなかった。一方で、問い形式の学年目標を導入してからは、常に問いを意識して考えるようになったという。個人で動く際も、学年団の教員で話し合う際も問いが軸になるため、生産的な議論ができ、教員の思いを生徒の活動内容に活かせることが増えたそうだ。
さらに、以前は、クラスの運営については担任の裁量権が大きく、各教員がそれぞれの仕事を、それぞれの方法で行っていた。行事の準備でも、面白い提案があっても様々な意見を束ねる軸がない状態では、問題なく終えることが優先されていた。しかし、上述の通り、今は問いを軸に授業や行事を企画するため、学年団で話し合い、それぞれの得意分野を活かして関わり合いながら仕事を進めるようになったという。
また、学年団で話し合う際に、以前は一部の教員のみが発言していたという。しかし、今では、問いを拠り所にすることで、自分より経験の豊富な教員に対しても、自分の考えを述べたり、ファシリテーションをしたりする障壁が下がったという。
学年目標をスローガンではなく、問いの形式にすることは、どのような効果があるのか。集団的な思考や組織学習を促すために、マネジャーの日常的な語彙や実践に組織のビジョンやバリューを導入するという方法が取られることがあるが、理想的な価値観や自己像、行動が想定され、それに囚われることにより、硬直性が生まれてしまうという(Isaacs,
1993)。
ビジョンやバリューを日常に持ち込むというのは、一見すると、S校において問い形式の学年目標を日常的に意識している状態と同様である。しかし、目標が問い形式であることにより、1つの理想像に囚われることなく、絶えず自分たちに問いかけ、学年団としての思考や学習を促すと考えることができる。
4.おわりに
本記事では、研究の一部のみを紹介しているが、問い形式の学年目標は、学年団でのやり取りを促進し、教員にとっても、生徒にとっても良い影響を与えることが見えてきた。S校の事例をさらに分析することで、問い形式の目標がどのように教員の協働を促進するのかについて、重要な示唆が得られるだろう。
参考文献
- Edmondson, A. C. (2012). Teaming: how organizations learn, innovate, and compete in the knowledge economy. Jossey-Bass (野津智子訳『チームが機能するとはどういうことか』英治出版, 2014年).
- Edmondson, A. C., Higgins, M., Singer, S., & Weiner, J. (2016). Understanding psychological safety in health care and education organizations: A comparative perspective. Research in Human Development, 13(1), 65-83.
- Isaacs, W. N. (1993). Taking flight: Dialogue, collective thinking, and organizational learning. Organizational Dynamics, 22(2), 24-39.
- Vangrieken, K., Dochy, F., Raes, E., & Kyndt, E. (2015). Teacher collaboration: A systematic review. Educational Research Review, 15, 17-40.
- Vangrieken, K., Boon, A., Dochy, F., & Kyndt, E. (2017). Group, team, or something in between? Conceptualising and measuring team entitativity. Frontline Learning Research, 5(4), 1–41.
花原 杏珠
プロフィール