千葉県船橋市立金杉台小学校 校長
千葉県の私立・公立小学校勤務を経て、現任校で校長を務めている。独立行政法人科学技術振興機構、さわやかちば県民プラザにおける勤務経験から、学校が社会関係資本と繋がり教育を充実させていくことに新たな価値があると考え推進している。映像制作教育を通して子供達の表現力・コミュニケーション力を高める活動を行っているフィルム・エデュケーション・ラボのアドバイザー
創造性教育の実践報告#2:外部人材と繋がり創り上げる学びのSTEAM化
- #社会関係資本
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公開2023/3/29
校長として、外部人材と学校をどのように繋げ、協働的・創造的な学びを実現すればよいだろうか。教員が社会関係資本と繋がり、授業デザインを行える学校づくりを実現するため、映像制作を軸にした学びのSTEAM化を推進する。
1.今の学校に必要な教員の「社会関係資本」
学校は安全なところですが、一方でとても閉塞感を感じる空間なってきているとも言えます。日本全体が少子高齢化で児童数は減り、きめ細やかな対応が求められていることから、学級も少人数制の方向に進んでいます。児童には多様性が大切と言われながらも、人間関係が限られた「箱モノ」の中にいるのです。これは教員にも言えることで、多忙化から目の前の仕事に追われがちで、社会との繋がりが希薄になってはいないでしょうか。
まずは、教員がこの閉塞感を抜け出し、学校から一つ高い視座に立ち、企業・人材・他校・地域などと繋がり、社会に対する「俯瞰力」を持つことで社会や未来を見通して教育活動に臨むことが重要だと私は考えています。
これを私は、教員の「社会関係資本」と定義しています。
そこで本校では、教職員向け社会関係資本研修を夏に行いました。内容は、①NPO法人企業教育研究会を講師に学校が企業と繋がる良さを理解する「概論」、②映画監督を講師に招きともにインタビュー映像の教材づくりを体験する「実技」、③校内ミドルリーダーが企業の1日研修をする「一日企業体験」の3つです。
このように社会関係資本に目を向ける教員研修を行うことで、企業人材と繋がり、教員が企業とともに授業デザインを行おうとするマインドを築いていきます。
児童にとって一番目の前にいる大人である教員こそ社会的視野を広げ、最先端の技術と繋がり、創造的な授業デザインを行い、魅力ある授業実践を行えば、児童は未来にワクワクし、大人になることが楽しみになることでしょう。
2.教師と児童の視点によるそれぞれの目的
【教師の視点による目的】
教師が創造的に授業デザインを行うためには、教師自ら企業・NPOに目を向け、繋がって進めていこうとするマインドセットができることが最終目標です。校長としてはまず、社会関係資本を校内に招き入れ、風通しをよくしていくことから始めていきます。一般的な「出前授業」の例にあるような、外部講師が授業の全てを担い、教員はお任せしてしまう「パッケージ型」の授業ではなく、教員が企業と連携して授業を創り上げる「協働デザイン型」の授業を実現する力を身につけていくことがねらいです。
【児童の視点による目的】
社会の最先端の技術に触れ、働いている大人に関わることで、大人になることに憧れを持ち、未来にワクワクできる機会を設けられるようにしていきます。学習内容も教科横断的なSTEAM教育の要素を持ち、クリエイティブな活動ができるものにしていきます。「創る」と「知る」のサイクルを回しながら失敗や修正を繰り返し、VUCAの時代に対応できるような児童を育てていくことがねらいです。
映像教育を取り入れる目的は、非言語による映像でメッセージを伝える活動を通して、その方法の特徴や良さについて理解し、自分たちが伝えたいことをより効果的に表現する手段を増やすことです。
3.未来にワクワクする学びとなる「3つの段階」
【未来に触れる段階】
8月 教員研修「インタビュー映像をつくろう〜プロの映像制作の流れを学ぶ」講師:山﨑達璽氏(映画監督)
11月 児童向け授業 「ドローン講座」講師:高橋氏(CFD販売株式会社)
11月 児童向け授業「エモい映像をつくろう〜非言語による映像表現に挑戦〜」講師:山﨑達璽氏(映画監督)
教師・児童が社会関係資本と関わり、ワクワクする学びに出会う場を設ける。山﨑監督、高橋氏とは事前に担任と打ち合わせを行いました。ドローン操縦は体験するだけでなく、ドローンの技術を通じて児童が未来を感じる内容にしていただきました。(写真は、サーモセンサー付きのドローンが飛行中)
【未来を考える段階】
11月 国語の「読むこと」の学習関連させ、総合的な学習の時間を活用しながら「推し本」の魅力を映像にまとめる(学級担任指導による学習活動)
12月 中間発表会 講師:山﨑達璽氏(映画監督)
児童は自分ごととして課題を掴み、伝えたいことを映像制作で表現していきました。映像制作については、学級担任が中心となり児童の創造性の高まりを支援しながら進めていきます。児童間で見合いながら映像を追加・修正し続けていきます。映画監督からは、それぞれの良い点を抽出していただき、表現する視点をより豊かにしていきました。
【未来のために行動する段階】
1月 映像を作者・出版社に伝えるためインタビュー映像を追加・修正
2月 社会科「ニュース映像を創る」 講師:長島氏・長谷川氏(日テレ報道局)
映像内容は、自己表現する「伝えるための」視点だけでなく、相手に「伝わるための」視点を意識させながら表現力を高めていきます。見せる対象を学校外の社会に繋げることで、自ら学んだ表現力を社会に役立てようとしていくようにします。
4.実践の方法: 学びのSTEAM化を実現する映像制作授業実践
こでは、国語における映像制作活動を中心にした実践の方法を示します。
授業1「エモい映像をつくろう〜非言語による映像表現に挑戦〜」
1 インプット
プロっぽい構図「ローポジション」「ナメる(手前に物や人物を置く構図)」を学び、児童が試しに映像を撮影してみました。
2 テーマの表示とグループ
以下、5つの「時候の挨拶」から一つ選び、4人のグループでどんな撮影を行う話合いました。
①木々が色づき、少しずつ秋が深まってきました。
②秋の声が聞こえる美しい季節になってきました。
③厳しかった夏の日差しが、だんだんと和らいできました。
④秋風ともに、朝晩は肌寒さを感じるようになりました。
⑤冷雨の候、いかがお過ごしでしょうか。
時期は11月。秋の時候の挨拶が主ですが、当日は雨の予報だったので、5つ目は雨にも対応できるよう選択肢を増やしました。
3 撮影・素材集め
実際にグループごとに撮影を始める。児童は「ローポジション」「ナメる」を効果的に活用したり、ジョウロを使って雨を強調するなど非言語表現を工夫して演出できるようになっていきました。
4 教室にて編集
以下の3つのルールで映像編集を行いました。
①5カット以上の動画を使う。写真は使わない。
②言語表現(文字やセリフによる説明)は使わない。
③音楽は歌詞のないものを一曲選ぶ。効果音は自由。
このことにより、児童はより非言語表現を意識をできるようになっていきました。
5 シェアタイム
グループごとの映像を見合い、監督・児童からフィードバックを行いました。
授業2「著者まで届け!私の推し本」
1 「推し本」を選ぶ
自分の「推し本」を選び、その魅力が相手に伝わるよう、前時までに身につけてきた映像表現力を活かして制作します。見てもらう対象は、著者または出版社とし、児童の映像制作に対するモチベーションを高めました。「伝える」のではなく「伝わる」を意識づけ、相手の視点に立ち、よりよく伝える見せ方を考えていきました。
2 イメージ映像の撮影・編集
児童の一人一台端末(iPad)を活用し、撮影を行います。推し本の全体的なイメージや印象に残るシーンを撮影・編集し非言語で表現。「ローポジション」「ナメる」を活かす児童、イメージをより誇張するために演出を行う児童もおります。ドローンを活用し、視点や演出を工夫する児童もいました。
3 映像を追加・修正
児童自身がそれぞれに一度制作した映像を見返し、視聴相手に「伝わる」映像であるか振り返りながら、追加映像を撮影したり、修正を重ねたりしてより良い映像づくりをしていきます。この試行錯誤する活動は学びのSTEAM化としてとても重要であり、時間を十分に与えました。
4 プロからのフィードバック
山﨑達璽映画監督を講師に呼び、クラスで10人程度の映像に対してフィードバックをいただきました。監督からは、「一番最初のカットがいい。ローポジションで、ナメているから、奥行きが出ているね」「いいね!あえて音楽を入れないところがあって、登場人物の気持ちの変化を感じるね」「ここ、止めて!これって、登場人物が見ている世界になっているよね。映像を見ている人が同じ目線で見るから、物語の中に入り込めるね」「曲がフェードアウトした後に、画面が暗くなる。終わり方を工夫しているね。この後どうなるか気になる」というようにポジティブなフィードバックをいただき、児童の視点を豊かにしていきました。
5 児童間のフィードバック
監督からのポジティブなフィードバックの視点を得て、各グループの児童間で映像の「中間発表会」を行い、思いや心情を付箋に書いて伝え合いました。具体的な学習の進め方は以下のように行いました。
①推し本のあらすじを伝える
②映像の元となる一場面を音読する
③映像を見せる
④聞き手は、登場人物の心情を予想する
⑤映像で表現する登場人物の心情を伝える
⑥映像をもう一度見せる
⑦付箋に感想を書く
6 インタビュー映像を追加して完成
上記のフィードバックをもとに、追加・修正を行いました。さらに映像制作児童本人のインタビュー映像を付けて完成させます。インタビュー映像は、「ゲスト」「インタビュアー」「カメラ」の3役を交代して制作していきました。
5.実践の結果
教員にとって、今回の映像制作の授業を行うにあたり、企業、映画監督と連携し、打ち合わせを密にしながら授業をデザインする経験を得ることができました。これはその後の授業づくりにも大きく影響し、後に社会人と積極的にマッチングを行うようになりました。
1月より俳優を講師にした歌の発声の授業、日テレアナウンサーやディレクターを講師した社会科のニュース映像制作の授業を実現しています。いずれも社会人に授業の全てをお任せするのではなく、共に授業デザインに関わり、社会人と教員が交互に授業を行うなどして、社会関係資本を有効に活かした授業デザイン力を着実に身につけています。
児童においても、社会と繋がろうとし、情報を発信しようとする意欲が高まっています。児童は外部施設に働きかけ、積極的に質問したり、計画して取材に出たりする学びに向かう力がついてきています。後に行った学校ニュースづくりにおいては、1分のニュース映像を、会議・台本づくり・取材・撮影・編集を含め、インタビュー映像も取り入れながら、一週間(2時間扱い)で制作することができました。日テレ報道局の方に映像を見ていただきましたが、いずれも映像表現の質が高く誉めていただきました。
今回の映画監督との学びにおいて、児童は以下の感想をあげています。
【児童の感想】
- 非言語表現の動画をもっと見てみたいし、非言語表現の動画をたくさん作ってみたいです。今日の授業は楽しかったし、やってみて面白かったです。
- 私も、趣味でよく編集をしたり、カメラで写真を撮ったりしているので今回の授業は今後編集や撮影していく上でとても勉強になったかなと思いました。特に勉強になったのはローポジションやナメるなど映像を撮るときの技です。
- ドローンを最近習ったから、ドローンで生き物を撮りたいので、ローポジションなどで撮影したい。
- いろんな写真や動画を撮って、「ああ、これ奇麗だな、これも素敵だな」という気持ちになって、いろんな写真や動画を撮りたいなと思ったし、これが撮れるのも自然のおかげだなということに気づけたからいい勉強でした。
- 動画は、下から撮ったり、一つの物を中心として撮ったりなどすると、上手に美しく動画が撮れるということがよくわかりました。プロの技術を教わり、これからの動画撮影にきっと役立つと思います。エモい動画を撮るのは難しかったですが、いつもより動画を上手に撮ることができたと思います!!!!この監督から教わった技術をこれから生かしていき、プロにどんどん近づいていきたいです。そして、これからの動画を撮る機会には山﨑監督に教わったことを思い出し、意識して撮っていきたいと思いました。また、非言語表現のことについては、私は動画編集等の時に文章をたくさん入れてしまっていましたが、山崎監督の授業で、非言語表現にした方が、動画が美しく見えて、さらに興味もわいてくるということが分かりました。とにかく授業がとーーーーーーっても楽しかったので、また山崎監督の授業を受けたいです!!!本当に本当に本当に本当にありがとうございました!
6.実践の反省点
結果に示したように、教員にとっては社会関係資本と繋がり授業をデザインする創造力、児童にとってもプロの大人や社会に積極的に働きかけ学びに向かう力を高めることができました。
映像制作には最終的な正解の形はありません。プロや仲間の意見も取り入れ協働的な学びを行いながら、視聴相手に伝わるよう「創る」と「知る」のサイクルを回して試行錯誤を繰り返し、より良いものにしていこうとする創造性を要するSTEAM思考の学びを実現することができました。
映像制作作業は、タブレットの中で終始してしまいがちです。教員は、お互いに映像を見合う場を設けていきましたが、作業時間と並行して行うには時間の確保が難しかったようです。映像をクラウド上で見合えるようにし、自由に関われる機会を設けられるようにすれば、協働的な学びの機会をより確保し高められると考えています。
また、創造性の視点では、ドローンやアクションカメラの操作を並行して行える環境にしたかったのですが、これら機械の操作アプリ導入は教育委員会の許可手続きが必要であり、使用できるまでに児童の映像制作の時期より遅れがあったことが課題です。これら機材は児童にたっぷりと触れさせ、「遊ぶ」体験が必要だと考えます。児童が実現したい映像表現の視点を機材を使って自由に表現するためには、早期にこれらの環境を整備する必要を感じています。
7.今後の展望
今回の映像制作教育は5学年のみの実践となりました。校長の立場として学校づくりをしていくのであれば、全職員、全学年に影響を与える実践に繋げていく必要があります。今年度は、校内で映画監督や企業とのマッチングの時間を設け、職員研修では映像制作を取り入れました。今回の取り組みや成果物を校内でよく共有し、次年度に発展させていくアクションが必要だと考えています。
また、教員一人一人が自分ごととして「児童の協働的・創造的な学び」を実現することに対して課題意識を持ち、実現のために社会関係資本と積極的に繋がり、授業デザインをしていく必要があります。
次年度に向けて「個別最適な『教員』の学び」をテーマにした校内研究が有効と考えています。教員が「好き」と「得意」の特性で繋がった社会関係資本を思い思いに活かして授業デザインができるように環境を整えていく考えです。
竹森 正人
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