2003年東京大学経済学部卒業。2008年 東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2005年~2008年 日本学術振興会特別研究員(DC1)、東京大学ものづくり経営研究センター特任研究員、同特任助教、筑波大学ビジネスサイエンス系准教授を経て、2016年より現職。博士(経済学)(東京大学, 2008年)。主な著作:『流動化する組織の意思決定』(東京大学出版会, 第31回 組織学会高宮賞 著作部門 受賞)。
チーミング・プロセスとしての創造性発揮プロセス:境界が曖昧なチームがアイデア生成と精緻化のジレンマを乗り越えるには?
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公開2023/3/29
本研究では、「境界が曖昧なチーム」においてアイデアの生成と精緻化のジレンマを克服するプロセスを明らかにする。実験的にビジネスアイデアコンテストを行い、そこで得られたデータの分析を通して、アイデア生成と精緻化のプロセスそのものがチーミング・プロセスでもあることの重要性を示す。
1.「境界が曖昧なチーム」と創造性発揮の進化論モデル
近年、チームの流動化、重複化、分散化が進んでいる (Mortensen & Haas, 2018)。流動化とは、仕事や環境の変化に応じて個々のメンバーがチームに参加したり離脱したりすることである。重複化とは、個々のメンバーが同時に複数のチームに所属している状態を指す。また、分散化とは、個々のメンバーが互いに地理的に離れた場所で仕事をしていることを意味する。このような変化があることで、誰が同じチームのメンバーなのかを認識しにくくなってきている、すなわちチームの境界が曖昧になってきている。このことは、個々のメンバーがチームの境界に囚われることなく活動するようになるという意味では、各々の人的ネットワークはよりオープンになっていくと考えられる。一方で、個々のメンバーの各チームに対するコミットメントは低下してしまうと考えられている。このようなチームの変化に合わせて、創造性の発揮もより一層求められるようになってきている。不確実性が高まる中、これまでとは異なる新しい発想で事業を行う必要性が高まっているからである。
さて、創造性発揮のプロセスとして一般的に考えられているのは、いわゆる「進化論モデル」である(c.f., Harvey, 2014)。新奇のアイデアをなるべく多く生成した後(変異)、その中から最も良いものを選択し(淘汰)、それを精緻化していくというものである(保持)。古くからあるブレーンストーミングなどはこの考え方に沿っていると言って良いだろう。ここではアイデアの生成と精緻化が異なるフェーズであると明確に意識されることになる。
このような進化論モデルをベースに、創造性発揮のプロセスと社会ネットワークの関連をフレームワークとして提示したのがPerry-Smith and Mannucci (2017)である。彼女らによると、アイデア生成のフェーズでは、認知の柔軟性が必要となるため、多くの弱い紐帯が有用であるという。弱い紐帯を介して繋がっている人とは常日頃接しているわけではないので、考えもしないような異なる観点から意見をもらえる可能性が高い。その結果、物の見方や捉え方がほぐされるというわけである。一方、アイデア精緻化のフェーズでは、少数の強い紐帯が有用になるという。新奇なアイデアは周囲の反発も受けやすい。そのため、常日頃からよくコミュニケーションをとっており、信頼関係を構築できている人でなければ、気軽にアイデアを話してみるのは難しい。また、この時点ではアイデアは生まれたばかりのものであり、建設的なフィードバックをもらいながら解像度を上げていく必要がある。そのためにも強い紐帯が効果を持つと考えられるのである。このように、アイデア生成と精緻化では全く逆のネットワークが必要になるため、ジレンマがあるということになる。
進化論モデルやPerry-Smith and Mannucci (2017)のフレームワークを元に考えると、境界の曖昧なチームはアイデアの生成には適するが、精緻化には適さないと言える。流動化・重複化・分散化が進むことで、個々のメンバーはより多くの弱い紐帯を持つことができるようになると考えられる反面、各チームにおいて他のメンバーとの強い紐帯を築くことは難しくなると考えられるからである。つまり、境界の曖昧なチームではアイデア生成と精緻化のジレンマがより大きくなると言えよう。
それではこのアイデア生成と精緻化のジレンマを乗り越えるにはどうすればいいのだろうか。本研究では、実験的にビジネスアイデアコンテストを実施し、このジレンマを乗り越えるプロセスを探索的に明らかにすることとした。
2.調査概要と分析データ
2021年2月から3月にかけて、2つのテーマについて計8チームが参加するビジネスアイデアコンテストを企画・実施した。2月初旬に専門家からのインプットとチームの顔合わせのイベントを行った後、3月中旬までに各チームでビジネスアイデアを議論してもらった。そして、3月中旬に再度集まってもらい、専門家を含む評価者の前でプレゼンテーションをしてもらった。
このうち1つ目のテーマの2チーム(以下、AチームとBチームとする)が本研究の主な分析対象である。AチームとBチーム両方とも、X社とY社から2名ずつの計4名のチームである。およそ1ヶ月半程度のコンテストのために作られた即席のチームであり、本業が忙しい中参加いただいた方ばかりであった。また全ての議論(最初のイベントと最後のプレゼンテーションを含む)がオンラインで行われた。その意味では、両チームとも流動化・重複化・分散化が高い状況にあったと言える。
調査データについて、まずチームでの議論を全て録画してもらい、その内容を全てテキストに起こした。また、コンテスト実施前、初回イベント終了後、中間時、プレゼンテーション終了後の4回、質問紙調査を行なった。そこでは心理的安全性やワークグループサポートなどのチーム状況に関する項目やアイデアの変化量について訊く項目に回答してもらった。加えて、プレゼンテーション終了後の3月下旬から4月上旬にかけて、各チームにグループインタビューを実施した。なお、各チームの創造性の評価はAmabile (1982)のCAT(Consensual Assessment Technique)に沿って、テーマの専門家を含む5名で新奇性と実現性の観点から評価してもらった。
3.分析結果
分析の結果を簡単に紹介しよう。まずAチームは進化論モデルに近いプロセスで議論を進めていた。Aチームでは、個々のメンバーがアイデアを考えて持ち寄り、それをもとに議論をするという形でアイデアの生成を行っていた。それぞれが異なるベクトルでアイデアを考えることで、アイデアをより発散させる方向で議論が進んでいた。その後、プレゼンテーションの締め切りが迫る中、発散させたアイデアを収束させる方向に明確に切り替えていった。その際、これまで出てきたアイデアの中で最も有力と考えられるものに絞り込んでいった。しかし、その際に互いの認識のずれが生じてしまい、それが十分に解消されないままプレゼンテーションを迎えることとなった。
一方、Bチームは進化論モデルとは異なるプロセスで議論を進めていた。Bチームでは、比較的早い段階で一つのアイデアへと収斂していった。その際にアイデアの生成と精緻化の切り替えを明確に意識することはなかったという。その後、一旦収束させたアイデアを外部専門家にぶつけてみて、そこから元のアイデアをさらに深掘りする方向で議論を進めていった。
最終的な創造性の評価はAチームもBチームも大きな違いは見られなかった。ただ興味深いことに、Bチームはビジネスアイデアコンテストが終了した後も、その取り組みを継続させるべく活動をしていたのだった。
4.結論-創造的合成モデルとチーミング・プロセスの重要性
一般的に考えられている創造性発揮のプロセスは進化論モデルである。つまりアイデアの生成(発散)をしてから精緻化(収束)するという2つのフェーズからなるものである。ただ、アイデアの生成と精緻化にはジレンマがあることも指摘されていた。事実、本研究のAチームは、このプロセスに沿う形である程度高い創造性を発揮していたが、精緻化のフェーズで認識のずれを解消できないといった課題も残した。一方、Bチームは、進化モデルとは異なるプロセスでありながら同等の創造性を発揮していたのである。
実は、この10年ほどで進化論モデルの見直しが急速に進んでいる。例えば、Harvey (2014)は、進化論モデルのオルタナティブとして創造的合成(creative synthesis)モデルを提唱している。そのモデルでは、生成と精緻化という明確なフェーズはなく、異なるアイデアが弁証法的なプロセスを通じて合成されていくことになる。このモデルが興味深いのは、アイデアが合成されていくプロセスそのものにチームを形成するメカニズムが組み込まれているところである。例えば、たたき台を元にしながら異なる意見の中に共通点を見出しながら議論が展開され、その中でメンバー間にポジティブな感情が育まれ、活発なコミュニケーションが行われるようになっていく。つまり、創造性発揮プロセスとチーミング・プロセスが一体となって進行していくのである。本研究のBチームで起こっていたこともこの創造的合成モデルにかなり近いと言える。
創造性発揮プロセスとチーミング・プロセスが一体であるということは境界が曖昧なチームにおいては重要な意味を持つ。境界が曖昧なチームでは、弱い紐帯は多くなるが、強い紐帯、つまり凝集性の高いチームを作るのは難しくなると考えられるからである。また、アイデアは思いついたら終わりではない。それを実現しなくてはならない。そのためには個人ではなくチームや組織で取り組むことが必要となる。チームの境界が曖昧になるような変化ある中で、アイデアの生成・精緻化後の実現のプロセスも見据えると、創造性発揮プロセスとチーミング・プロセスが一体となっていることの意義は大きいのである。
参考文献
- Amabile, T. M. (1982). Social psychology of creativity: A consensual assessment technique. Journal of Personality and Social Psychology, 43(5), 997-1013. https://doi.org/10.1037/0022-3514.43.5.997
- Diehl, M., & Stroebe, W. (1987). Productivity Loss In Brainstorming Groups: Toward the Solution of a Riddle [Article]. Journal of Personality & Social Psychology, 53(3), 497-509. https://doi.org/10.1037/0022-3514.53.3.497
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Harvey, S. (2014). Creative Synthesis: Exploring the Process of Extraordinary Group
Creativity. Academy of Management Review, 39(3), 324-343.
https://doi.org/10.5465/amr.2012.0224
Mortensen, M., & Haas, M. R. (2018). Perspective—Rethinking Teams: From Bounded Membership to Dynamic Participation. Organization Science, 29(2), 341-355. https://doi.org/10.1287/orsc.2017.1198 - Perry-Smith, J. E., & Mannucci, P. V. (2017). From Creativity to Innovation: The Social Network Drivers of the Four Phases of the Idea Journey. Academy of Management Review, 42(1), 53-79. https://doi.org/10.5465/amr.2014.0462
稲水 伸行
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