2015/01/05

第64回 人が一生育つために ~子どもの可能性を開くコーチング~

ベネッセ教育総合研究所 所長
谷山和成
 新年明けましておめでとうございます。
 年頭にあたり、この国の未来を創っていく「子どもの可能性をいかにして開くか」が、人が一生育つための大切な礎であると考え、できるだけ私たちの日常行動の変化につながるよう努めて論じてみたいと思います。

すべての人が主体性をもっている

 昨年末、㈱ドリームチーム・ディレクター代表の中島克也氏のセミナーで「コーチングマネジメント」を学ぶ機会を得ました。
 COACH コーチ。語源はひとを安全に目的地まで届ける馬車を指します。現代社会では、internal(内的)とexternal(外的)の両面から「人のもつ可能性を最大限引き出し、目標達成に導く」役割をコーチと呼びます。アテネ・北京のオリンピック2大会連続で金メダルを手にした、水泳の北島康介選手を育てた平井伯昌氏や、昨年テニスUSオープン準優勝という歴史的快挙を遂げた錦織圭選手を導いたマイケル・チャン氏は、ともに世界トップクラスの選手のもつ可能性をさらに引き出し、目標達成に導いた好例です。勝つ技術のティーチングでなく、自分の可能性を信じ、挑戦し続ける意欲を育むコーチングが、マイケル・チャン氏が錦織選手に叩き込んだ精神性からも伝わってきます。(表1)
表1 事例:意欲を育むコーチング
マイケル・チャン氏の言葉
 セミナーは、企業を舞台に、部下と組織の可能性を開くリーダーと閉じるリーダーの具体的な言動を科学的かつ体系的に分析し、日常行動の視点をどうシフトすればよいかを、自らの内面と向き合って考察するものでした。私は企業人としての自分と向き合う一方で、舞台を子どもを真ん中に置いた学校や家庭に切り替えても、セミナーが問うた行動変化の視点に違いはないことを確信したのです。
 最も印象に残ったフレーズは、「すべての人は主体性を持っているが、何からどう発揮すればよいかは見つけ難い課題である」。ここにコーチの出番がある。つまり、子どもの持つ主体性に火をつけるコーチングを機能させることが、未来に向けて子どもの可能性を最大限引き出していく始まりであるということです。

Develop と Envelop

 では、子どもの可能性を最大限引き出し、その子の目標達成に導く保護者(教師)のコーチングとはどのようなものをイメージすればよいのでしょうか。キーワードはDevelop(封を開くの意)とEnvelop(封を閉じる)。「主体性という封を開くことがコーチングの第一歩である」と解説された前述のセミナーでの企業事例を参考に、中島氏の許可のもと、子どもの成育過程に舞台を変えてアレンジし、私なりにまとめてみました。(表2)
表2 事例:勉強に取り組む子どもへの親(教師)の関わり方
コーチングの事例
 ひとは表(おもて)の目標(表の左側)とセットで裏側にも目標(表の右側)をもつものだと、中島氏は解説されました。
 いくつか事例をあげて、私なりのアレンジを加えてみました。

「2.方針」について

 計画表をつくることで止まってしまうのが子ども。ここを自分で突破することを信じて任せよう、が表目標。ところが、大人はついつい手を出してしまいがちです。子どもの前で万能の親(教師)でありたい、問題解決の主役でいたいという裏目標に行動のスイッチが入ってしまうのです。

「3.責任」について

 言うべきことはタイミングを外さずに自分の責任においてきちんと言う、が表目標。実際は、子どもに気遣い、抽象的な表現におさめることで、いい関係を保とうとするのが裏目標。抽象的な表現を具体に変える努力を子どもに預けてしまい、自分では責任を負わないケースです。

「4.姿勢」について

 子どもの話をしっかり聞こう、が表目標。ところが子どもが話をしている途中で、「結論から先に言って」と腰を折ったり、「つまり、こうだよな!」と話しをまとめ、押し付けてしまったりする。自分が一番正しいし、最後まで聞いてすべての悩みに対応できない自分を子どもに見せたくない。そうした裏目標の達成行動が起動しがちです。
 表2では8つの事例を紹介しました。これをレーダーチャートで自己採点してみると、現在の強み弱みの見える化ができそうです。

コーチング ~大人の責任とはなにか

 子どもが大人になってから生きる時代を、まだ誰も見たことはありません。故に、私たち大人は、今見えている材料から子どものよりよい成育環境を洞察し、そこに導く働きかけをしていくことが大切な役割だと考えます。きちんとした知識やスキルを身につけてもらうことは、大切な要件でしょう。しかし、子どもの未来は、いいときばかりではありません。私たちが洞察した成育環境など、姿かたちもなくなることもあり得ます。大人の過去の成功体験をベースに、一度きりの子ども時代を受験勉強に明け暮れさせるのが、本当に未来を生きる強い人材を育むことなのか。受験を否定するものではなく、それだけで十分とはいえないことに、多くの大人は気付き始めているのではないでしょうか。人生に必要なのは、唯一の正解ではなく、自分にとって価値あるものは何かを問う力や、国境や言葉の壁を越えて、より多くの仲間と新しい価値を生み出していくことであることを。そこに導くことがコーチング=大人の責任であることを忘れてはいけないと思います。

エクササイズのススメ

 表2の可能性を開くと閉じるは、「器」の話でもあります。わが子に前述のような裏目標行動を起こしやすいのは、人一倍の努力と実績を誇りに思う人や、自分の弱みを見せたくない人です。そうした可能性を閉じる器を、いかにして開く器にすればよいでしょうか。

① 裏目標を表に引きずり出す

 子どもや家族や友人に公言する、開示するということです。自らこれと対峙して、支配されている裏目標を表目標へと変えていくしかありません。自分を窮屈な状態に追い込みたくない、恥ずかしいことはしたくない、という裏目標をまずは越えることが大切です。

② コミュニケーションの仕方(OS)を入れ替える

 可能性を開くことができている(と思う)人のOSを「真似ぶ」のも有効だと思います。できている人の共通点のひとつに発話(質問)スタイルがあります。子どもに対して、「have to do」で発話するか「want to do」で話をするかで、主体性の育みに大きな違いが生まれます。もちろん①と対峙しながらですので、少々苦痛かもしれませんが、自分化していくのです。

③ し続ける

 子どもの発達段階も、進級・進学といった成育環境も変化し続けます。年齢が上がるほどに、子どもが影響を受ける第三者の数は増えていきます。そのように環境が変わっても、②は姿勢として「し続ける」ことが重要です。
 家庭・学校・職場、生活のあらゆるシーンに①~③をエクササイズする機会はあるはずです。組織はそのリーダーの器以上の大きさにはならないといわれます。その原則に照らした時、子どもを取り巻く一人ひとりの大人の不断のエクササイズこそ、子どもに見せる背中なのかもしれません。

人が一生育つために ~子どもの可能性を開く社会へ

 2000年生まれの子どもが22世紀を迎える確率は11.9%だそうです。この先、再生医療技術などがさらに進歩すれば、もっと数値は高まっていくのかもしれません。また、2050年前後に世界の人口増加地域はアジアからアフリカに移行し、同じタイミングで人工知能が人間の脳を超えると推定されています。私たちの目の前にいる子どもの人生の成熟期がこの大きな変化と同期することになるのです。100年というレンジで子どもが迎える未来を想定し、今できる備えをしていくことは先の話ではないのです。(表3)
表3
100年スパンで考える
出典:各種報道・将来予測等を参考にベネッセ教育総合研究所作成
 他方、ひとの持つ底力も見逃せない事実です。英『エコノミスト誌』のサイエンス・テクノロジー分野のエディターであったマット・リドレー氏は、40年前に出された悲観的な未来予測が、ことごとく外れてきたことを例示しつつ、「人間が対策を講じる」存在であることを指摘しています。(表4)
表4
未来予測の変化
出典:英エコノミスト編集部 船橋洋一解説『2050年の世界 英エコノミスト誌は予測する』(文芸春秋 2012)
 その時点にある統計データなどのエビデンスから導く悲観的な未来予測を、ひとは知恵と協力で乗り越えていく強さを持っていることが実証されているともいえます。そのベースとなるものが、成育過程での主体的に可能性を開く経験ではないでしょうか。
 知識のインプットとアウトプットで手に入れる学歴という過去の成功体験の再生でなく、政策としての制度改革を待ち、それに対策を講じていくのでもない。教育とは、ひとがひとを育て、そのひとが次の世代を育てるという、大切な営みです。あなた(私)のコーチングによって可能性を引き出し、目標達成の成功体験を積んだ子どもは、一生にわたってその価値や喜びや大切さを自分や家族や周囲の人に再現していくことでしょう。主体的に学び続ける力の獲得が一生の財産になるのです。誰もがもつ主体性の芽を見逃さず、しっかり育んでいくという私たちができる日常の教育改革。それが「子どもの可能性を開くコーチング」だと考えます。
 いつか、どこかで、誰かがやればいい、ではなく「今日、ここで、あなた(私)が」行動変化を起こす。その拡がりと積み上げが、この国の未来を変えていくことにつながっていくと考えます。子育て・教育の現場に最も近い民間シンクタンクとして、これまでにも増してみなさまのお役に立てますよう、質の高い研究と社会への発信に努めてまいります。

著者プロフィール

谷山 和成
ベネッセ教育総合研究所 所長
1983年㈱福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社。ベネッセコーポレーション九州支社長、児童教育カンパニーバイスプレジデント、執行役員補、㈱東京個別指導学院代表取締役社長を歴任。2013年、グローバル化と教育環境変化の加速化を背景に研究機能を統合し、新たに「ベネッセ教育総合研究所」を組織し、現職に着任。