2014/07/28

第53回 世界っておもしろい。一歩踏み出すところから始めよう!—OMEP世界大会への参加を通して—

ベネッセ教育総合研究所 情報編集室
研究員 小川 淳子
 日本で「内向き志向」の若者が増えているという議論を、昨今よく耳にします。平成26年3月の文部科学省集計(注1)によると、日本から海外への留学者数は、2004年の82,945人をピークに減少の一途をたどり、2011年には57,501人にまで落ち込んでいます。また産業能率大学による「第5回新入社員のグローバル意識調査」(注2)の結果を見ると、2010年(前回)と2013年(今回)を比較し、「どんな国・地域でも働きたい」が前回27.0%から今回29.5%に微増したものの、「海外で働きたいとは思わない」も増加し、前回49.0%から今回58.3%となっています。これらの数値だけを見て、安易に「今の若者は内向き志向である」と結論づけることには賛成できませんが、少なくとも「外向き志向ではない」ように思えます。
 どちらが良い、悪い、というようなことではないと思いますが、私自身、最近「やっぱり世界っておもしろい」「言葉の壁など気にせず、どんどん国際舞台に出ていこう」ということを、身をもって実感する機会がありました。本稿では、その内容をご紹介するとともに、グローバル社会における日本人の世界との関わり方について、私見を述べたいと思います。

OMEPとは

 7月初旬に、アイルランドの第二都市・コークで行われたOMEP世界大会に参加しました。OMEPとは、Organisation Mondiale pour l'Education Préscolaire (仏語)の略称で、「世界幼児教育・保育機構」と訳されています。(注3)1948年にプラハで結成され、組織の目的として以下の項目が据えられました。(注4)
  1. 世界平和にとって、子どもと彼らの人格形成の場である家庭が重要であるとの理解を促進する
  2. すべての国における幼児教育の普及の促進
  3. 保育実践、健康保健、保育者の資格、施設・園庭・設備に関する進歩的な基準の設定
  4. 幼児教育に関する任意団体や公的機関の代表の協力
 当初の加盟国は11ヶ国でしたが、現在では56ヶ国に増えています。なお、日本は1968年にOMEPに正式加盟し、OMEP日本委員会を設置しています。

世界大会で議論されるテーマ

 今回のOMEP世界大会では、メイン会場で全出席者が聴講する形式の講演がいくつかあり、また出席者が各自の興味、関心にあわせて参加するシンポジウムや分科会も複数ありました。メイン会場で行われた講演のテーマは、およそ次のようなものでした。「格差のないスタートを。すべての子どもたちにスクール・レディネスを」「幼児教育において、読み書き教育はどのように行われるべきか」「幼児教育におけるアウトカム・アプローチの問題点。結果だけでなく、そこにいたるまでの努力、過程に目を向けること」「社会経済的発展および持続可能な開発のためのフレームワークは、途上国も先進国も同じである。我々は声をひとつにして『教育』の重要性を訴えていく必要がある」「デジタル時代における子どもたちの権利」など。世界大会ゆえに、そしてOMEPという団体の成り立ちによるところもあるのでしょうが、全世界の子どもたちに関わるような、壮大なテーマが殆どです。日本で保育・幼児教育の課題といえば、保育の質の問題などがありますが、世界規模の今回の大会では、人間が生きていく上でのもっと根源的な部分——つまり生命や健康の問題が最優先されるがゆえに、そもそも保育・幼児教育を享受することができない子どもたちの問題——が、大きく取り沙汰されていたのです。こういった話に耳を傾けていると、日本国内での議論が、急にちっぽけなものに思えるのでした。
講演の様子

日本国内での議論と通じる他の先進諸国が抱える課題

 また、シンポジウムや分科会にもいくつか参加しました。例えば「アジアにおける幼児教育・保育従事者に関する課題と挑戦」と冠した日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インドの保育・幼児教育事情を比較するシンポジウムを聴講した際には、保育士の長時間労働、給与の問題、幼稚園と保育所の労働条件の違い、創造力を育むような活動の不足等々、メイン会場における講演の内容とはまったく異なり、インドを除いた先進国と言われる4ヶ国の課題は、どちらかというとよく似ているといった印象を受けました。どの国も似たような課題を抱えているということは、お互いに情報を共有しあうことで、相互の問題解決につながっていくことでしょう。また「デジタルと子ども」の分科会では、開催地アイルランドの研究者から「テクノロジーが悪いのではなく、使う側の姿勢の問題である」「デジタル機器は、意思を持って使うこと。『どのように使うか』だけでなく、『なぜ使うか』について、常に考え、知っておく必要がある」など、これまた日本国内の議論でも耳にしたことがあるような主旨の発言がありました。いわゆる先進国と言われる国々では、保育・幼児教育に関してどこも似たような課題を抱えており、これらについて相互に情報共有することで解決への糸口を探ることができるのではないか。今回の世界大会の場に出ていったことで、そして日本からの発表・発信があったからこそ得られた実感です。
会場内に展示されていた子どもたちの作品

国際舞台の場に出ていくことが、第一歩

 世界的な視点で見ると、そこで議論される課題が日本国内で語られる保育の課題とあまりにもかけ離れていることで日本の保育の課題が小さなものに思えたり、あるいは似たような課題を抱える国がたくさんあることが分かったことで、相互に情報共有することが最良の策であるように思えたり・・・いずれも、今回のOMEP世界大会に出てみて、初めて覚えた肌感覚です。国際的な学会に参加し、参加者と交流することで、日本国内にとどまっていたのでは得られることのできない感覚を身をもって体験し、もちえない視点をもつことができました。
 多くの日本人は語学力に不安を抱えており、冒頭で紹介した産業能率大学による「第5回新入社員のグローバル意識調査」(注2)の結果を見ても、「海外で働きたいとは思わない」と答えた人に「海外で働きたいとは思わない理由」を問うたところ、2位の「海外勤務は生活面で不安だから」の50.4%に大きく差をつけ、「自分の語学力に自信がないから」が65.2%で1位でした。ですが、今回の経験をもとに声を大にして提言します。言葉の壁など気にせず、まず国際舞台の場に出ていくことが、第一歩ではないでしょうか。そこでの肌感覚は、日本国内で得られるものとは全然違います。今回参加したOMEP世界大会の場でも、56ヶ国からの参加者の中には、英語が流暢であるとは言い難い研究者がたくさんいましたが、皆堂々と発表したり、コメントを述べたりしていました。また、今回日本から持ち込んだ発表に対して、「調査の規模の大きさに驚いた」「他のどの発表よりも、一番科学的な発表内容だったと思う」など、好意的な評価を得られたことも、大きな収穫でした。日本人は、語学力への不安を理由に国内にとどまるのではなく、まず一歩踏み出してみてはどうでしょうか。そして、自分の力の許す限り情報を吸収し、共有し、発言していきましょう。そうする中で、このグローバル社会を生き抜くための力が養われていくのではないでしょうか。
<参考資料>

(注1)平成26年3月の文部科学省集計

(注2)「第5回新入社員のグローバル意識調査」学校法人産業能率大学 2013年7月

(注3)OMEP日本委員会ホームページ内「OMEPのご案内」より

(注4)「わが国の幼児教育・保育と国際交流-OMEP日本委員会40年の軌跡-」
   OMEP日本委員会 2012年3月25日発刊

著者プロフィール

小川 淳子
ベネッセ教育総合研究所 研究員
2004年に(株)ベネッセコーポレーション入社後、こども英語教室事業部、グローバル教育事業部を経て、2013年よりベネッセ教育総合研究所に所属し、チャイルド・リサーチ・ネットの活動を運営しています。
※チャイルド・リサーチ・ネット
世界の子どもを取り巻く諸問題を解決するために、従来の学問分野を越えて学際的な研究を集め、世界規模で研究・発信をしているインターネット上の研究サイト。