2014/01/08

第37回 大人こそ学びに向かう姿勢を持つべし~2014 年頭所感~

ベネッセ教育総合研究所
所長 谷山 和成
新しい年の始まりにあたり、わが国の本質的な課題を取り上げ、私見をもって提言したい。

静かなPISA2012の受け止め

あるシンポジウムの光景。
海外の研究者たちはプレゼンテーションの冒頭で、口々に“ Congratulations, Japan ! ”と数値結果を讃えた。他方、国内メディアでの報道は2003年のPISAショック以降のメディアに比べると、極めて冷静な報道にとどまった印象である。これは何を示唆しているのか。
今回のPISAの結果は、学力面において2003年のPISAショック後の教育政策および先生方の努力が結実したといってよいだろう。一方で、子どもの学習意欲に関係する数値が加盟国平均を大きく下回ったままであるという事実は、テストの得点力や社会での活用力の背景にある“学びに向かう力の低迷”という本質的な課題を浮き彫りにした。多くの教育関係者にPISA2012の結果がもたらしたものが、安堵と次なる課題の重さを受け止めた静寂なのではないか。

学習意欲の課題の背景には何があるのか

【図1】子どもと保護者の環境変化
図1は1980年から現在に至る国内の主な出来事の上に、19歳以下人口・65歳以上人口・日経平均株価の推移を重ね、下部に現在の小学校4年生・中学校2年生・高校2年生をもつ母親の平均的な成育歴を示したものである。わが国がPISAに参加した2000年以降、このアセスメントを受けた子どもたちの成育環境を、①少子化 ②不景気 ③保護者ギャップの3つで考察したい。
①少子化
2000年代前半に19歳以下と65歳以上の人口が逆転した。現在の19歳以下人口は1980年比で40%減少した。この数値変化は団塊ジュニア世代より下の子どもたちの“競争”を意識も率も低下させてきた。
②不景気
1989年の最高値を最後に、景気は低下し続けている。バブル崩壊後の失われた20年という言葉があるが、子どもたちはすべてをこの時間のなかで過ごしてきた。明日は今日よりいい日に違いない。勤勉努力は必ず報われる。そういった希望を描くことに意味をもてない日常に子どもたちは身を置き続けてきた。
③保護者ギャップ
他方、保護者の成育歴に目を移すと、子どもたちとの違いが一目でわかる。多くの保護者が、日経平均最高値に向かい続ける日常で、小学校~大学を過ごしてきたのである。勤勉努力の価値に疑いを持たず、子どもの将来を考えるため、不景気のなかでも家庭の教育投資額は景気に相関してこなかった。

時間的に延長された自己

人は動物と違い自分の将来を予見することができ、それが困難なものであることがわかってしまうと、落ち込んだり意欲をなくしてしまう。それを「時間的に延長された自己」を予見する能力というそうだ。
詳しくはCRN所長・榊原洋一(お茶の水大学大学院教授)ブログを参照されたい。
図2は成育環境が少なからず影響していると思われる子どもの“変化”をまとめたものである。不景気の中で育った人には、“人生の成功要因は勤勉努力より運と才能だ”という価値観が備わりやすいというレポートもある。(緒方里紗・小原美紀・大竹文雄(2013)「努力の成果か運の結果か?日本人が考える社会的成功の決定要因」
【図2】時間的に延長された自己 (1980年代と2007~2012年との比較)
2012年12月に誕生した安倍政権は、経済再生と教育再生を同期させ、昨年11月までに「いじめ問題」「教育委員会制度」「大学改革」「大学入試改革」など広範な領域に渡って改革案を提言。「学校週6日制の自治体判断での実施柔軟化」や「道徳の教科化」「小学校英語の教科化」などは、具体的な制度設計に向けて動き出した。これまでの学校教育の枠組みを大きく変えるような改革も含まれているが、日本の未来を創るための人財育成=教育に真正面から向き合っている姿勢は評価してよい。
しかし、枠組みの改革だけでは十分とは言えない。また、英語教育改革などの一部には、2020年東京オリンピック・パラリンピックを契機にする計画もあると聞くが、祭りのあとは必ずやってくるのである。

変化してきた学校と保護者の関係性

当研究所と朝日新聞社が実施した「学校教育に対する保護者の意識調査2012」では、2004年・2008年と経年で比較すると、公立小中学校への保護者の評価が高まってきている。
【図3】先生の熱心さ、学習指導、保護者への情報提供などを評価
また、同調査によると、授業や放課後指導、宿題など、先生の努力と成果はきちんと保護者に届いている。
学校と家庭、先生と保護者は、責任を押し付け合う関係から、子どもを中心にして、到来しつつあるグローバルな未来社会に対してどうすべきかを、共に考え行動する関係性に変化し始めている様子がうかがえる。
図4、図5のように、学びの意欲向上とキャリア教育の期待が大きく高まってきているのは、学校への期待が、テストの得点力だけでなく、生涯の財産になりうる“学びに向かい続ける力(意欲)”も含めたものであると保護者の問題意識も整ってきた。
【図4】学力や学習意欲向上へ期待が上位を占める
【図5】キャリア教育への期待が上昇、満足度はまだ低い

子どもが見ている大人は先生と保護者

教育改革とは、行政による教育環境の整備と同時に、教育政策のビジョンと学校での授業や子どもの学習の実態とのギャップを、先生と保護者が持続的に実行できる具体策で解決していくことと捉えなければならない。
組織では組織のTOPを超える価値観は育たず、風土も文化も同様であるという。保護者の学校への期待が高まっている今だからこそ、学校、教室、家庭の中で、子どもたちの代わりに、先生や保護者自身が、“学びに向かう姿勢”を子どもたちに見える日常の中で見せ続けることが、今すぐできる持続可能な具体策でないか。子どもの未来を創る責任を、私たち大人の日常の意識と行動変化で始動させたいと願うものである。

著者プロフィール

谷山 和成
ベネッセ教育総合研究所 所長
1983年㈱福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社。ベネッセコーポレーション九州支社長、児童教育カンパニーバイスプレジデント、執行役員補、㈱東京個別指導学院代表取締役社長を歴任。2013年、グローバル化と教育環境変化の加速化を背景に研究機能を統合し、新たに「ベネッセ教育総合研究所」を組織し、現職に着任。