2016/08/24
第108回 「一生学び続ける」を科学する⑦ 職業教育を通じて「伸びた」専門学校生の教育経験の特徴とは?
研究員 佐藤 昭宏
2016年5月30日、中央教育審議会は、実践的な職業教育に特化した新しい大学の創設に向けて「個人の能力と可能性を開花させ、全員参加による課題解決社会を実現するための教育の多様化と質保証の在り方について」(答申)【以下、「専門職業大学」答申】を文部科学省に提出した。この「専門職業大学」答申が実際に法制化されるとなると、実に55年ぶりに新たな学校種が誕生することになる。
高等教育の多様化・高度化は、グローバル化や少子高齢化による生産年齢人口の減少、技術革新など、さらなる社会変化が予想される中、我々の働き方も多様化していく上で必要だ。実際に、近年は大企業でもスキルと仕事の結びつきが緩い「メンバーシップ型」雇用から、より仕事内容とスキルの結びつきが強い「ジョブ型」雇用への転換を図る動きがあり、大学の学術教育とは異なる職業教育を経由した社会への移行ルートの社会的重要性はますます高まっている。
しかしながら、職業教育が学生に対してどのような学びの機会や成果を提供してきたのか、就職率や資格取得率などを除くと学生の学びや成果に関する情報は少ない。
なかでも1975年の専修学校の制度化以降、約40年にわたり、その時代が求める人材ニーズに適した職業人材養成を行ってきた専門学校(専修学校専門課程)は、この15年間、大学に次いで就職と並ぶ高校生の主な進路先であり続けてきたにもかかわらず、学生が何を学び、その後どのように職業・社会とつながっているかの実態は十分に明らかにされていない。そこでベネッセ教育総合研究所は、2016年3月に、専門学校を卒業した社会人を対象に「専門学校での学びと社会への移行に関するふりかえり調査」を実施した。調査結果からは、職業教育の幅広い成果(非認知スキルの伸び、社会人に必要な基礎的な能力の獲得)や、専門分野による卒業後の社会とのつながり方の違いなどが明らかになったが、その主なポイントは、リリースペーパーに掲載しているため、本稿の内容とあわせて確認いただきたい(10月頃に複数の切り口によるデータ集を掲載予定)。
なかでも1975年の専修学校の制度化以降、約40年にわたり、その時代が求める人材ニーズに適した職業人材養成を行ってきた専門学校(専修学校専門課程)は、この15年間、大学に次いで就職と並ぶ高校生の主な進路先であり続けてきたにもかかわらず、学生が何を学び、その後どのように職業・社会とつながっているかの実態は十分に明らかにされていない。そこでベネッセ教育総合研究所は、2016年3月に、専門学校を卒業した社会人を対象に「専門学校での学びと社会への移行に関するふりかえり調査」を実施した。調査結果からは、職業教育の幅広い成果(非認知スキルの伸び、社会人に必要な基礎的な能力の獲得)や、専門分野による卒業後の社会とのつながり方の違いなどが明らかになったが、その主なポイントは、リリースペーパーに掲載しているため、本稿の内容とあわせて確認いただきたい(10月頃に複数の切り口によるデータ集を掲載予定)。
今回取り上げたいのは、職業教育を通じて「伸びた」専門学校生の教育経験の特徴である。先述したリリースペーパーの中でも、卒業者の約6割が、資格以外に、「基本的な学び方」や「社会人に必要な基礎的な能力」などの役立ちを実感している点を取り上げたが、すべての卒業者が過去の学びの成果を、現在の仕事や社会生活の中で発揮できているわけではない。では、誰ができているのか。ここでは卒業者の専門学校時代の教育経験に着目し、その特徴を確認してみたい。
卒業者のタイプ分け—「入学時の満足度」「卒業後の役立ち度」の2軸による4類型
まず卒業者のタイプ分けを行う。専門学校入学時点の満足度と卒業後の職業生活への役立ち度の質問項目を用いてクロス分析を行い、入学時の満足度と卒業後の役立ち度を2軸とした卒業者のタイプ分け(4類型)を行った。それが図1である。
今回注目したいのは「入学満足度が低かったにもかかわらず、卒業後の役立ち度が高い」タイプBと、「入学満足度が高かったにもかかわらず、卒業後の役立ち度が低い」タイプC、すなわち入学満足度と卒業後の役立ち度に「ギャップ」が生じている卒業者の層である。ここでは便宜的にタイプBを「伸びた」層、タイプCを「伸び悩んだ」層とみなす。
最も「ギャップ」の大きいタイプCとの差異を確認しながら、タイプBの卒業者の教育経験を明らかにすることで、消極的理由から専門学校に入学したような学生に対して、どのような教育機会を提供していくことが有効かを考えてみたい(※1)。では以下、教育経験をみていこう。
最も「ギャップ」の大きいタイプCとの差異を確認しながら、タイプBの卒業者の教育経験を明らかにすることで、消極的理由から専門学校に入学したような学生に対して、どのような教育機会を提供していくことが有効かを考えてみたい(※1)。では以下、教育経験をみていこう。
図1 入学時の満足度と卒業後の役立ち度を2軸とした卒業者の4類型
※4類型の作成にあたっては、入学時の満足度を尋ねた項目について「とても満足して入学した」「まあ満足して入学した」の回答を「入学時満足度・高」に、「あまり満足していないが入学した」「まったく満足していないが入学した」の回答を「入学時満足度・低」に区分。また、卒業後の職業生活における専門学校時代に身に付けたことの総合的な役立ち度を尋ねた項目について「経験がない/該当しない」(5件)を除く、「とても役立っている」「まあ役立っている」の回答を「卒業後役立ち度・高」に、「あまり役立っていない」「全く役立っていない」の回答を「卒業後役立ち度・低」に区分した上でクロス分析を行った。
職業教育の幅広い効果—「青年期の自己形成支援」の視点
「教育経験」といっても、卒業者の在籍していた専門分野によってその教育内容は大きく異なる。また今回は回顧式の質問を用いた調査であるため、回答者によって卒業からの経過年数が異なり、教育経験の記憶の程度に差が生じる可能性がある。よってここでは、具体的な教育経験の内容というよりは、個人の中に残り続けているような教育経験(印象)を分析対象とする。
その前提をふまえた上で、タイプ別の分析に入る前に、まず教育経験(印象)の全体傾向を確認しておく(図2)。教育経験(印象)10項目のうち、上の5項目が「深い学びの経験」を示すもの、下の5項目が周囲からの「情緒的支援」を示す項目である。
結果をみると「専門分野ならではの物の見方や考え方に触れられた」(70.6%)、「専門学校の個性や特色をいかした教育を受けられた」(70.2%)、「自分の適性や将来への関心を知ることができた」(63.6%)など、深い学びの経験に関する項目で比率が高い。上位2項目が特定の専門に関わる学びであるのに対し、3つめの「自分の適性や将来への関心を知ることができた」は、青年期後期の自己形成に関わる学びとなっている。専門に特化した学びにとどまらない、職業教育の幅広い効果がうかがえる。「情緒的支援」の中では「教育に対して熱意ある教員がいた」(55.3%)の比率が高い。どのような教育に「熱意」を感じるかは、教員の指導スタイルはもちろん、学習者側のタイプや基礎学力、専門分野によっても異なるかもしれないが、専門学校の教員が備えるべき資質という観点から、学習者視点で、どのような教員が求められているかを確認していくことも必要かもしれない。
図2 専門学校卒業者の教育経験(印象)【全体】
※数値は「とても印象に残っている」+「まあ印象に残っている」の%
職業教育を通じて「伸びた」と「伸び悩んだ」卒業生の教育経験の差は「実社会との接点」「熱意のある教員の存在」「相当の努力をして課題をやりとげる厳しさ」
そして今回最も着目した、卒業者タイプ別の専門学校時代の教育経験(印象)とその差を示したものが表1である。得られた結果は以下の2点である。
1つめは、比率に大きな差はあるものの、タイプにかかわらず、印象に残っている教育経験の上位3項目は「専門学校ならではの物の見方や考え方に触れられた」「自分の適性や将来への関心を知ることができた」「専門学校の個性や特色をいかした教育を受けられた」であるということである。ただし、それぞれのタイプや卒業者によって「専門学校ならでは」や「専門学校の個性や特色」の捉え方には違いがある可能性があり、今回の調査結果を基にさらに定性調査等で掘り下げていきたい。
もう1つは、タイプBとタイプCの教育経験の差についてある。便宜的ではあるが、職業教育を通じて特に「伸びた」卒業者と、「伸び悩んだ」卒業者の教育経験(印象)の違いを比較したところ、「実社会との接点を感じることができた」(24.3p差)、「教育に対して熱意のある教員がいた」(23.5p差)、「相当の努力をして課題をやりとげる厳しさがあった」(23.0p差)の3項目が上位にあがった。これらの教育経験は、入学時の満足度が低い学生の在学時の学びをより充実したものにしていく上での1つの鍵となる可能性がある。
また、これらの経験をより一層、卒業後も役立つものにしていくためにも、最も比率の高い「実社会との接点」が単独の経験としてではなく、専門分野に特化した物の見方や座学の学び等と有機的に連結していくことが望まれるのではないか。
表1 卒業者のタイプ別 専門学校時代の教育経験(印象)とその差 (タイプBとCのみ)
※数値は「とても印象に残っている」+「まあ印象に残っている」の%
まとめ
以上、職業教育を通じて「伸びた」卒業者の教育経験に焦点を当てその特徴をみてきた。 今、「専門職業大学」創設の検討を始め、専修学校の質保証・向上に関する会議など、高等教育の多様化・機能分化の中で、職業教育の在り方を再検討する動きが活発化している。
今回、実施した調査結果から、専門学校が特定の職業に特化した教育だけではなく、社会人や職業人としての自立に関わる教育成果も挙げている実態を明らかにしてきた。しかし最も重要なことは、可視化された既存の職業教育の成果と課題を受け止め、今後どのような教育改善を図っていくのかということである。専門学校は高等教育の多様化に向けて、また一部の層に存在する「大学進学者の代替的進路」としての位置づけの脱却に向けて、より一層職業教育の質を高め、大学の学術教育との違いや、新設される専門職業大学との違い(設置基準やカリキュラム編成の柔軟性の強みをいかした職業教育の質の向上)を明確にしていく必要がある。それが、今後、法制化されていく専門職業大学の職業教育の質や高度化の「着地点」にもポジティブな影響を与えるのではないか。
今回、実施した調査結果から、専門学校が特定の職業に特化した教育だけではなく、社会人や職業人としての自立に関わる教育成果も挙げている実態を明らかにしてきた。しかし最も重要なことは、可視化された既存の職業教育の成果と課題を受け止め、今後どのような教育改善を図っていくのかということである。専門学校は高等教育の多様化に向けて、また一部の層に存在する「大学進学者の代替的進路」としての位置づけの脱却に向けて、より一層職業教育の質を高め、大学の学術教育との違いや、新設される専門職業大学との違い(設置基準やカリキュラム編成の柔軟性の強みをいかした職業教育の質の向上)を明確にしていく必要がある。それが、今後、法制化されていく専門職業大学の職業教育の質や高度化の「着地点」にもポジティブな影響を与えるのではないか。
※1 専門学校の入学理由についてタイプBとタイプを比較したところ、タイプBにおいて資格取得や就職に対する意識がやや強く、また進路選択の際に大学進学を検討している層が多いという特徴が見られた。一方タイプCについては、専門的な内容の学びを理由に進学している比率が高い。タイプCの卒業後の役立ち感の低さは、そうした専門性の質や内容も影響しているかもしれない。
■関連資料
著者プロフィール
佐藤 昭宏
さとう あきひろ
ベネッセ教育総合研究所 研究員
さとう あきひろ
ベネッセ教育総合研究所 研究員
初等中等教育から高等教育分野まで幅広く、子ども・保護者・教員を対象とした実態調査や私教育市場に関する調査研究の設計・分析を担当。近年は大学や専門学校を中心とした高等教育機関や地方自治体の教育委員会との実践研究を通じた教育の質向上に関する調査・研究・開発活動に従事。生涯学習時代における学校教育と職業・社会のつながり方、青年期の主体的なキャリア形成を支援する場のデザインに関心を持っている。