2013/10/11
第25回 学校でのICT活用をどう広げるか -それぞれができる実践の積み上げを目指して
ベネッセ教育総合研究所 ICT教育研究室
主任研究員 中垣 眞紀
主任研究員 中垣 眞紀
学校教育におけるICT環境の整備
先日、文部科学省から、2014年度に実施を予定する各施策の費用について概算要求が 発表された。教育の情報化関連の予算はどうだったか。ICTの活用は指導の効果を高め、子どもたちの興味関心を高め、有意義な学習活動ができるので、学校 教育への導入を急ぐべきだ。そうした声は強まっている。しかし、文部科学省が「情報通信技術を活用した新たな学び推進事業」として要求したのは21億円。デジタル教科書教材協議会(DiTT)の試算で は、デジタル教科書及び基盤整備の実現に年間3000億円以上かかる。ICT環境整備のための地方交付税(教育の情報化のための地方財政措置)が 1,600億円程度あるとはいえ、子ども1人に1台の環境を整備するにはほど遠い。ICTを活用した授業革新を促進する拠点を3か年で100地域に広げる 目標を掲げるが、まだまだ実証実験の段階だ。
その一方で、一部の自治体では子ども1人に1台の情報端末の整備を進めている。たとえば、佐賀県武雄市、東京都荒川区、大阪府大阪市などでは、すべ ての小中学生にタブレット型端末を配布することを計画している。このように、国レベルでは実験と検証を重ねながらゆっくり進むが、自治体単位でまだらに ICT活用が進むような状況だ。文部科学省も2020年までには1人1台端末の環境を実現したいと意気込むが、ネットワーク環境、情報端末、デジタル教科 書などのコンテンツ(教師用、児童生徒用)の整備、校務支援システム、ICT支援員などの人的措置には一定の費用がかかる。検討に時間を要するのは、いた しかたない面がある。
ICTに対する高い期待
2012年に国立教育政策研究所が発表した「小中学校デジタル教材の整備と利用状況に関する調査」によると、提示用のデジタル教科書を利用した小中学校教員は、わずかに5%。7~8割が、自分が「提示用デジタル教科書」を使うのも、子どもが「学習者用デジタル教科書(市販は未)」を使うのも「不安」だと回答していた。2013年9月に文部科学省が発表した「平成24年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)」によると、デジタル教科書の整備状況は、2013年3月現在で平均32.5%。その前年が平均22.6%だったので、徐々に普及は進んでいる。実際に実物に触れたことがある教員は、ICTを使ってよりよい授業を実現することに、高い期待を示すことが多い。
つい先日も、ある研究会で、タブレット端末でのアプリケーションや事例などを説明し、学校現場でも応用が可能か、どんな授業に使いたいかを伺ってみ たところ、たくさんの意見が出てきた。「漢字の書き順の定着」「運動の様子を動画でとって子どもに確認をさせる」「図を動かして算数の図形問題を説明す る」「子どもたちが生活のなかでとってきた写真もとに発見したことを共有する」「実験の手順を撮影しておいて説明で使いたい」などなど。写真や映像を利用 した授業のイメージがわいたようだ。実際に触れてみて、どんなものかが分かれば、それを授業に使ってみたいと思う先生は多いことがわかる。
ICTを使うメリットの実感
また、先日話を伺った実験校では、1人1台端末の環境を利用してタブレット上のワークシートに各自の考えを記入させ、それを電子黒板に巡回表示する という使い方をしている。子どもたちは、自分の書いたものが電子黒板に映るのがうれしいようだ。担当の先生は、端末が自分専用のものだと、責任感がアップ するためか、集中して最後までやり続ける子どもが増えたと話す。順番に電子黒板に表示されている友だちのノートを参考にして、自分の考えを深めることもで きる。さらに、書いている最中から順に表示されるため、「間違っていたら恥ずかしい」といった発表のストレスが軽減される。そのおかげで、今まで躊躇して いた子どもたちが、積極的に発言するようになったという。自分で書いたものを見せながらのほうが、口頭だけの発表よりも伝わりやすい。そのことが、さらに 子どもの気持ちを軽くする。その環境が整うことの効果は大きい。
同様の声は、他の実践校からも聞こえる。今までのノートやワークシートは、自分のために書くもので、人に見せるものではなかった。しかし、人に見せ るものにすることで、見せる前提にした書き方に変わるという。伝える相手を意識して表現することは、現行の学習指導要領が重視する言語活動とも重なる。 ICTを使ったお互いの意見の共有は、思考力・判断力・表現力などの育成にも役に立つのではないか。
もちろん、そうした実践はICT環境が充実していなくても可能だ。多くの教員は、画用紙などを使い、子どもが書いた意見を黒板に貼って発表させるよ うなことを普段の授業で行ってきた。とはいえ、「太いペンで大きく書く」ことや「ノートに書いたことを発表のために書き写す」といった工夫が必要だ。実物 投影機があればある程度はカバーできるが、それでも「書いているプロセスの共有」や、「複数を同時に表示して比べる」といったことはやりにくい。タブレッ ト端末に書いた考えを電子黒板に巡回表示するやり方は、子どもが通常通りに書きさえすれば、プロセスの共有も、複数の意見の比較も、集中して見せたい部分 を拡大して提示することもすぐ行うことができる。書く負荷が少ない分、考えること、それを相互に共有して吟味することに費やす時間を増やすことにもつながる。
実験しながら積み上げる必要
これまで述べてきたように、ICTは活用の仕方によって一定の教育的効果を生むことが期待できる。先進的な自治体の一つである佐賀県武雄市では、さ らに学校教育の枠を超え、タブレット端末を持ち帰ることで家庭学習を充実させ、学力の向上を図ろうとしている。自宅で動画講義による予習をし、学校では対 話型で応用課題を学ぶ、いわゆる「反転授業」もこれから試行するという。
個別の理解度に応じて学びを進めることと、話し合いや教え合う授業の時間を確保することで、基礎基本の習得と活用する力を身につけることの両立が期 待される。ただし、すべての子どもが同じように自宅で予習できるのかといった問題や、応用課題を学ぶ対話型の授業を教員が実践できるのかといった問題もあ る。実現への過程のなかで、さまざまな課題が出てくるだろう。
同市のこのような取り組みは、たしかに画期的だ。しかし、今は、すぐにすべての自治体で充実した取り組みが行えるわけではない。まずは、それぞれが できる範囲での実験を積み上げて、成果と課題を検証することが大切だろう。ICTの活用は、それ自体が目的ではない。子どもたちに必要な資質・能力を高め るという目的を実現するための道具にすぎない。何のためにICT環境を整備し、どう使うのか、目的を明確にし、実践を重ねていく必要がある。そのことが、 効果的なICTの使い方を生みだし、今まで実現していた学びを効率化したり、実現しにくかった学びを具体化したりする「授業革新(イノベーション)」につ ながると考える。子どもたちのために、目的の実現に向けて、歩を着実に前に進めたい。
著者プロフィール
中垣 眞紀
ベネッセ教育総合研究所 グローバル教育研究室 主任研究員
ベネッセ教育総合研究所 グローバル教育研究室 主任研究員
ファミコンやコンピュータ技術を利用したメディア教材の研究・開発・製作・事業開発に従事。その後公立中高一貫教育校適性検査分析など、小学校領域 のカリキュラム・アセスメントについての調査研究に従事し、「ベネッセ発親子で伸ばす『本物の学力』2006年日経BP社発行」の執筆を担当。経営スタッ フを経て、2013年より現職。ICTを活用して学びや学び方が学習者にとってよりよいものになることに強い関心をもって取り組んでいる。