2013/11/08
第29回 アジアの小学校英語の現状はどうなっているのか? (1)~英語を「公用語」にしている国:フィリピン~
ベネッセ教育総合研究所 グローバル教育研究室
主任研究員 加藤 由美子
主任研究員 加藤 由美子
10月23日に2020年小学校英語教科化の文部科学省方針が報道されました。これが実現すれば、小学校英語導入の議論が1986年に始まってから、34年後のこととなります。[1] 報道では「世界で活躍する人材を育成するため、早い時期から基礎的な英語力を身に着けさせるのが目的」と伝えています。アジア諸国の小学校で、英語教育はすでに実施されています。そこで、シンガポールやインドなどとともに高い英語力を持って国内外で活躍する人を育てている国フィリピンの小学校英語教育について紹介します。
[1]ベネッセ教育総合研究所『小学校英語のこれまでの流れ』2006年
フィリピンで英語は重要な言語
フィリピンの人口は約9,401万人、7,109の島からなり、フィリピノ語が国語、フィリピノ語および英語が公用語です。[2] 私的な分野では国語や地方語が使われる一方、立法・司法・行政・教育・マスコミなどの公的な分野では英語が重要な言語となっています。[3] フィリピンは東アジア最大の労働者送り出し国でもあり、海外の出稼ぎ労働者からの送金額はGDPの約1割に達しています。[4]フィリピン人にとって英語は国内外において大変重要な言語であることがわかります。
[2]外務省「フィリピン基礎データ」2013年
[3]本名信行『アジアの最新英語事情』(2002年)大修館書店, P202.
[4]知花いづみ『東アジアにおける人の移動と法制度・第3章フィリピンにおける人の移動と法制度』(2012年)アジア経済研究所 P1.
[3]本名信行『アジアの最新英語事情』(2002年)大修館書店, P202.
[4]知花いづみ『東アジアにおける人の移動と法制度・第3章フィリピンにおける人の移動と法制度』(2012年)アジア経済研究所 P1.
英語以外の科目も英語で授業を行うフィリピンの私立小学校
2013年5月、フィリピン・マニラ北部のグロリア・デイ・キリスト学校(Gloria Dei Christian School、以下グロリア小学校)という私立小学校を訪問しました。4月~6月上旬まで夏休みということで、授業を見ることはできませんでしたが、ベラ・ピー・ジロカ(BELLA P. JILOCA)校長先生が、同校の教育内容とフィリピン・マニラの小学校教育事情を話してくださいました。
表1は校長先生へのインタビュー結果から、グロリア小学校についてまとめたものです。校長先生によるとマニラの場合、私立小学校に通う子どもは全体の2割程度で、私立小学校の中でも授業の内容・レベルにはかなりのばらつきがあるそうです。学費もそれに合わせて様々であるとのことでした。グロリア小学校は比較的学費も安めの学校だということです。
表1
全校生徒数 | 105名(幼稚園・保育園含む) |
---|---|
1クラスの人数 | 約10名 |
学費 |
授業料・制服・文房具 合計28000ペソ/年(日本円で約63,840円/年) |
*日本円は2013年11月5日のレート(1フィリピンペソ=2.28円)で算出。
グロリア小学校では60分の英語の授業が毎日行われます。国語とフィリピンの歴史の授業だけはフィリピノ語で行われますが、それ以外のすべての科目は英語で授業が行われます。その理由は、「英語は国内だけでなく、外国でも使うことができる。保護者が英語を家庭で話せない場合もあり、子どもが学校で英語を使う機会を多くしたいと考えている。保護者が私立学校を選ぶ大きな理由もそこにある。公立学校でも、英語の授業は小学校1年生からあるが、英語の授業以外は、フィリピノ語での授業となるので無理して学費を捻出してでも私立学校に通わせる保護者も多い。」とのことでした。グロリア小学校に通う子どもの家庭の平均的な年収は100,000ペソ(日本円で約228,000円)ということですから、家庭の収入の28%を一人の子どもの教育費に充てるという熱心さに驚かされます。グロリア小学校の教室の前に ’Education is the Key to Success.’(教育は成功の鍵である。)という掲示があったことも肯けます。
レベルの高いフィリピンの小学校英語の教科書
フィリピンの英語の教科書は、教育省指定の複数タイプの中から学校で選ぶシステムになっています。見せていただいたのは、JO-ES PUBLISHING HOUSE社の『BEYOND TIME』というシリーズでした。
小学校1年の最初のレッスンでは、2人の子どもが小学校初日に登校する様子が224語の英文で記述されています。英文内容に関する質問に対して英語で答えるワークが最初にありました。母語が英語以外であっても、テレビの言語がほとんど英語であることなどからわかるように、生活の中で英語にたくさん触れている子どもは、小学校入学段階ですでに英語で「聞く・話す」はできるので、すぐに「読み・書き」も開始できるということでした。
小学校6年生では、生物・科学・環境などの記述文や物語文が扱われ、最後のレッスンでは、「幸せの意味」について、901語の英文で記述されています。英文には抽象的な語彙も多く、英文内容の要約を英語で記述するワークがありました。
日本の公立高校入試問題で、読解問題の英文は比較的多い県でも600-700語程度、書く問題は3-5文のまとまった英語を書く問題が1問出題される程度であることと比較すると、フィリピンの私立小学校では卒業段階で相当高いレベルの英語の学習をしていることがわかります。
英語教育が発展する国・地域の条件とは?
10月22日に経団連・教育問題委員会企画部会で、TOEFL/TOEICを開発するETS社の最高執行責任者デイビット・ハント氏の講演を聞く機会がありました。その中で、英語教育が発展する国・地域の条件は以下の4点だと言及されました。
- 英語教育を早期から行っている。
- 英語の指導の質が良い。
- 英語を使用する実践の場がある。
- 英語を身につけることによるインセンティブがある。
2012年のTOEFL iBTのアジア結果は、1位:シンガポール、2位:インド、3位:パキスタン、4位:フィリピンとマレーシアで、日本は30カ国中26位でした。[5]ランキング上位国はまさにハント氏の述べた条件を兼ね備えています。英語教育が発展する条件から日本をみますと、日常生活において英語を実践的に使用する場はほとんどなく、英語を身につけるインセンティブ(進学・就職・報酬など)のインパクトも断然小さいわけですから、日本の結果はやむを得ないことかもしれません。国のおかれている状況が違うわけですから、単純にTOEFLのランキングを比較することに意味はないかもしれません。
しかしながら、フィリピンだけみても、人口1,155万人[2]のマニラ市の子どもの2割が、さきほど紹介したようなレベルで英語を学び続け、国内外で活躍するわけです。同様またはそれ以上の学びをしている子どもがアジアの他国・ヨーロッパ・南米など世界中にいると考えますと「世界と伍して戦う」ということは、必要とされる力がもちろん英語力だけではないとしても、相当厳しいことであることがわかります。
日本の公立小学校での英語教科化は、日本のすべての子どもたちの可能性を拡げてくれるものだと思いますが、すべての子どもが小学校・中学校・高校の修了段階でどういうレベルの力を身につけるべきか、またそれ以上に英語力を伸ばして、「世界と伍して戦いたい」と思う子どもにはどんな支援をするのか、我々大人はよく考えて、それを用意していく必要があると思います。
[5]Test and Score Data Summary for TOEFL Internet-based and Paper-based Tests 2012 P7.
著者プロフィール
加藤 由美子
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、大阪支社にて進研ゼミの赤ペン指導カリキュラム開発および赤ペン先生研修に携わる。その後、グループ会社であるベルリッツコーポレーションのシンガポール校学校責任者として赴任。日本に帰国後は「ベネッセこども英語教室」のカリキュラムおよび講師養成プログラム開発等、ベネッセコーポレーションの英語教育事業開発に携わる。研究部門に異動後は、ARCLE(ベネッセ教育総合研究所が運営する英語教育研究会)にて、ECF(幼児から成人まで一貫した英語教育のための理論的枠組み)開発および英語教育に関する研究を担当。これまでの研究成果発表や論文は以下のとおり。
関心事:何のための英語教育か、英語教育を通して育てたい力は何か
その他活動:
■東京学芸大学附属小金井小学校、島根県東出雲町の小学校外国語活動カリキュラム開発・教員研修(2005~06年)
■横浜市教育委員会主催・2006教職キャリアアップセミナーin 横浜大会講師(2006年)
■東京学芸大学附属小金井小学校、島根県東出雲町の小学校外国語活動カリキュラム開発・教員研修(2005~06年)
■横浜市教育委員会主催・2006教職キャリアアップセミナーin 横浜大会講師(2006年)