2013/06/21

第9回 主体的な学びにつながる大学入試への改革

元 主席研究員・チーフコンサルタント
山下 仁司

大学入試(入学者選抜)の変革への動きをどう考えるか

現在、中央教育審議会、首相官邸による教育再生実行会議などで、高校と大学の関係のあり方(高大接続)と大学入試の改革に関する議論が進んでいます。入試改革は以前より、例えば平成20年~22年にかけて、「高大接続テスト」の仕組みが文部科学省の委託事業の形で検討されていましたが、報告書が提出されてのち、しばらく議論が深まることなく棚上げされた状態でした。ここにきて検討が加速し始めた印象です。
この高大接続の在り方に関する検討で、以前と比較して注意しなくてはならないポイントがあります。以前は大学のユニバーサル化(大学を選ばなければ入学できる状況)に伴い推薦・AO入試などの学力担保を伴わない選抜に、どのように最低学力の保証を設けるかが中心課題でした。現在のより注目すべきポイントは、最低学力保証に加えて、「社会の求める能力である論理的・批判的思考力」や「学ぶ意欲」といった、一般的な教科テストの点数だけでは測れないものを総合して入学者を決める入試方式のあり方が検討されているということです。
これは、現在の高等教育の改革の議論と呼応しています。昨年6月に出た文部科学省の「大学改革実行プラン」の中でも、大学入試は、教科の知識を中心としたペーパーテスト偏重による一発入試から、志願者の意欲・能力・適性等の多面的・総合的な評価に基づく入試へと変更するということが明記されています。この考え方の背景を、私なりにまとめてみたのが図1です。
図1
図1

社会の求める力を大学入試に反映する意味

図1(および図2)は私が先日討論会のシンポジストとして出席した平成25年度全国大学入学者選抜研究連絡協議会大会(入研協)で発表した資料です。今、実社会で求められているのは、主体的に自らの頭で考え、課題を発見し、周囲と協働しながら課題を解決できる人材です。大学教育の改革が求められる理由はここにあります。それに対し、現在の一般入試で課される教科知識を中心としたペーパーテストでは、大量の情報を記憶し、それを早く正確に再生する能力が主に問われます。もちろん、一般入試で間接的に身につく力としての「忍耐力や粘り強さ」や「ストレス耐性」は、その後の大学における学習のみならず、社会人になっても役に立っている、という調査結果もあり、一般入試が全く無意味であると言う事ではありません。しかし、ペーパーテスト一発では、学ぶ意欲や主体性などの素養については見ることはできない、ということも事実です。
大学においては、知識を身につけるだけでなく、自ら問いを立て、実験や調査・研究、グループワークなどを通して答えを発見する、「主体的な学び」に転換していくことが求められています。これを、入試を境に大学以前・以後で断絶させるのではなく、入試を通して高校以下にも「主体的な学び」を行ってもらえるようにすることで、教育全体を通して社会の要請する人材の育成につなげていこうというのが現在の入試改革議論の積極的な意味であると考えられます。
入研協のシンポジウムの中でも、京都大学の入試改革が、学力の保証を前提としながら、多様な人材を獲得することを目的としていることや、東京大学が思考力を測定する問題のあり方を検討しているとの発言がありました。他にも、「新思考力」を問うための入試改革を検討し始めた早稲田大学や、一部の入試に既に批判的思考力を問う問題を導入した明治大学(情報コミュニケーション学部B方式)など、各有名大学が確実に動き始めています。

多様な入試は、本当に社会の求める人材の育成に役立つのか

大学改革実行プランに示された、学ぶ意欲や思考力などを多面的に見る入試はまだ存在しません。本当にそのような入試が、社会の求める人材の育成に役立つのでしょうか。それを検討するために、現在のペーパー試験の一般入試と推薦・AO入試合格者の特性の違いを見てみましょう。図2は、2010年度の調査データ*ですが、大学4年生冬の就職内定獲得状況を、経験した入試形態別に集計したものです。
図2
図2
このデータを見ると、国公立大学、早慶上智・MARCH・関関同立などの私立大学では、推薦・AO入試によって入学した学生の方が、概ね有意に内定獲得率が高かったのです。一方、それ以外の私立大学では、内定獲得率は全く変わりませんでした。就職活動で内定したことが即ち社会の求める人材であるとの証明にはなりませんが、推薦・AOなどの学力保証のない入試イコール「問題の多い入試」ではない、ということが見て取れるデータです。その理由として、推薦・AO入試による志願者の多くは、目的の大学・学部で学びたい意欲が強い事が挙げられます。意欲や思考力を見る総合的な入試は、その意味からもより望ましい学生を獲得できる手段となる可能性はあると考えられます。(なお、国公立大や難関私立大学での推薦・AO入試は、センター試験の得点や「指定校推薦」で高い評定点を求める等、ある程度学力的にも高い高校生をスクリーニングしており、上記データは高等学校でよく行われている「出来る限り一般入試で受験に臨もう」という指導を否定するものではありません。念のため申し添えておきます。)

教育全体で、一貫して主体性や論理的・批判的思考力、チームワークなどを育てる 設計を

中教審等による入試改革の制度設計がどのように進もうと、先に述べたように社会の要請に従う「主体性や論理的・批判的思考力、チームワーク」を教科学力と共に見る入試への変化は確実に起こるでしょう。この変化に向けては、ベネッセ教育総合研究所でも、社会の求める能力の定義やその育成手法、評価・測定の手法の研究・開発を進めています。
今後は、大学・高校の接続だけでなく、教育全体で社会の求める人材はどのような力が必要か、それを育てるためにどうするかという俯瞰的な設計の目を持つことが重要だと思います。これは私見ですが、高校以前に自ら進んで仮説を持ち、調査や研究を行い発見する探究的な学びを「楽しい」と思う体験をしておくことは、大学で学ぶことの意味を理解し、大学進学に目的意識を持ち学習意欲を高めるのに良い効果を持つのではないかと思っています。そのため、小・中・高校それぞれ上下の学校で役割分担と接続のため、各地域での連絡体制などがより検討されるべきだと考えられます。
また、大学は主体的・探究的な学びの実現に向け、より教育改革を加速する必要があります。学生が大学で探究的な学びができることを期待して入学したら、画一的な大教室での講義ばかりだった、というのでは困ります。特に、入学前教育や初年次教育に関しては、「学びの転換」をはかるための非常に重要な期間であり、入試のみならず今後どのようにしていくかを考えるカリキュラム上での重点ポイントになると考えられます。

著者プロフィール

山下 仁司
ベネッセ教育総合研究所 主席研究員・チーフコンサルタント
福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、進研模試副編集長、ニューライフゼミ英語教材編集長、ベルリッツ・アイルランド、シンガポール出向、国際教育事業部長、ベルリッツ・ジャパン取締役、英語力測定テストGTEC開発統括マネージャーなどを経て現職。
近年の活動
【大学FD・SD研修講演】
広島大学、宮崎大学、名古屋工業大学、福岡工業大学、名城大学他多数
【シンポジウム】
  • 全国大学入学者選抜研究連絡協議会大会 公開討論会パネル(平成22年、25年)
  • 九州工業大学シンポジウム
    「大学教育のあり方と秋入学‐世界で活躍できる人材を育てるために‐」(平成25年)
  • ベネッセ教育総合研究所シンポジウム「主体的な学びへと導く大学教育とは」(平成24年)
【論文】
  • 「高校・生徒からみた高大接続の課題と展望~高大接続の真の課題は何か~」(2011)
  • 日本高等教育学会 学会紀要『高等教育研究』第14集 高大接続の現在
  • 『「答え」や「モデル」のない今後のグローバル社会で活躍できる力とは?
    産学連携教育の研究実践と、主体性を引き出す大学教育の在り方』(2012)
  • 第4回横断型基幹科学技術研究団体連合シンポジウム 予稿集