親子で同じ時間と空間を共有すること 白井健三選手

 体操界の絶対王者・内村航平に「あいつの演技はまねできない」と感心させ、空中でのひねり技が多いことから「ミスター・ツイスト」との異名をもつ白井健三。17歳で出場した世界選手権床で史上最年少の金メダルに輝いただけでなく、床と跳馬の両種目で世界初の離れ技を披露。「シライ」の名称が付いた新技はいまや6つ。その潜在能力は計り知れない。

 父・勝晃さんと母・徳美さんは現在、横浜市で体操教室を主宰しているが、英才教育を施したことはなくむしろ放任主義だった。父が言う。
「3歳違いで男の子が3人いますが、子どもの頃は構ってやれなかったというのが正直なところ。どんな子に育てようとか、将来どんな職業に就いて欲しいという願望はなく、ただ一日、僕らの目の届く仕事場で、無事に遊んでいてくれという願いだけでした」

 かつては、両親ともに教師をしていたが、母は長男の出産と同時に退職。子育てをしながら、父が勤務する高校の体操教室を手伝っていた。末っ子の健三が生まれてからは指導が忙しかったこともあり、職場に連れて行き勝手に遊ばせた。

 子どもにとっては親と一緒の空間にいることが何より安らぐのだろう。健三は兄たちとマットの上で寝転んだり飛び跳ねたり、思う存分戯れた。母が言う。
「健三が3歳になると、ライバルはすぐ上の兄ではなく6歳上の長男。トランポリンやマット運動など、兄ちゃんがやれるものは自分も必ず出来ると信じ、できないと涙を浮かべ悔しがっていました」

 トップアスリートは第2子や末っ子、あるいは一人っ子でも年上の子どもと遊んだ経験がある人が多い。幼年時代に早くも、年上のライバルと肩を並べようと懸命に努力し、負けず嫌いの魂が醸成されるからかもしれない。健三はまさしくそんな環境で育った。

 5歳の時、小学生の体操大会を見学に行った健三は、自分もやってみたいと父にせがむ。
父は「体操は簡単じゃない。打ちのめされて来い」と軽い気持ちで送り出すと、これまでやったことのない技を楽しそうに演じた。父はその時の衝撃を今でも忘れない。
「他人の演技をちょっと見ただけで、難しい技のまねが出来ている。この子の模倣能力は並外れたものがあると確信しました」

 健三が小学2年生になると、両親は他の体操教室に通わせた。親の目の届かないところで揉まれた方がいいと考えたからだ。健三は嫌がったが、他人との関わりにふれさせる時期と判断した。健三はその教室の指導者らへの文句を口にしたが、父は聞き入れなかった。
「息子を預けた以上、信じることが大事。もし僕がその指導者を否定してしまったら息子は混乱する。だからその先生のいいところを並べて言い聞かせました」

 健三が小学6年生の時、父は高校を退職し母と共に新しい体操教室を立ち上げる。同時期に健三が通っていた体操教室が閉鎖、両親主宰の体操教室で腕をみがくことになった。

 両親は息子たちに一度も体操選手になって欲しいと言ったことはないが、遊びの中で体操とふれあった3人は、競技者を目指すようになった。それぞれが小学5年生、中学2年生になった時点で父は二度、意思の確認をしている。
「遊びでやるの?本気でやるの?体操で一流になるには10万時間の練習が必要。つまり本気なら、これから体操以外のことは何もできなくなる。友だちと遊ぶことも塾に行くこともできない。君たちの知識は学校の先生からしか得られなくなるので、授業中は脳を全開にし、先生の教えを一言も取りこぼしてはいけない」
 健三は父の意思確認に応え、高校の成績は常に上位。文武両道を実践している。

(文=吉井妙子)

<こどもちゃれんじ>編集部が解説!

“伸びる”子育てポイント

 白井選手のお父さまの「息子を預けた以上、信じることが大事。もし僕がその指導者を否定してしまったら息子は混乱する。だからその先生のいいところを並べて言い聞かせました」という言葉がとても印象的です。
 金メダリストも多く師事する脳科学者の林成之先生も「親が否定すると、子どももその人を尊敬しなくなる。すると相手の脳と同じように自分の脳を活動させようとする働き(同期発火)が起こらず、学びに悪影響をもたらす。親は人の良いところに目を向けさせるよう心がけた方が良い。」とおっしゃっています。白井選手のお父さまは、ごく自然にこれを体現していたのだから驚かされます。
〈こどもちゃれんじ〉もお子さま向けの教材をお届けすることに加えて、お子さまのもつ可能性を引き出すための効果的な声がけ、関わり方を毎月アドバイスしています。限られた時間の中でも、お子さまの未来を広げるために、親の関わり方を見つめ直してみませんか?

プロフィール

吉井妙子

吉井妙子

スポーツジャーナリスト。宮城県出身。朝日新聞社に勤務した後、1991年に独立。同年ミズノスポーツライター賞受賞。アスリート中心に取材活動を展開し2003年「天才は親が作る」、2016年「天才を作る親たちのルール」など著書多数。

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