今週の特集
こうした悲痛な声がよく編集部にも届きます。
叱りたくないのに、子どもの目に余る言動にカッとなってしまった経験は、誰でも一度はあるのではないでしょうか。叱らずに済ませるには、まずは「叱りたくなる」理由を理解すること、そして問題となる行動が起こる前に「前さばき」をすることが有効です。臨床心理士の村中直人先生に伺いました。
保護者が子どもを叱るのは、悪いことをしたから!?「叱る」が引き出されるメカニズムを解説します。
保護者のかたが、自分はお子さまにとって「決められる立場」だと意識することはまずないと思います。ここでいう「決められる立場」とは、「その状況において何が良くて何がダメ」なのか、「どんな行為が求められ、または禁止される」のかを決められる立場にいるということ。
保護者と子どもだけではなく、上司と部下、先生と生徒といった関係でも当てはまるでしょう。人間は自分の決定が及ばない相手に対し、「叱る」という発想を持つことはあまりありません。自分がコントロールできると思う相手だからこそ、叱りたくなるのです。
脳・神経科学の研究では、人間には「正しさ」から外れたことをする人を罰したい、という処罰欲求があるとされています。実際に罰すると脳内では、快の感情を伴う神経伝達物質・ドーパミンが放出されます。つまり心の問題ではなく、生理的な欲求として私たちは「悪いことをしている人」を叱りたくなるのです。
「散らかしっぱなし」「注意をしてもゲームをやめない」「勉強をせずにスマホばかり」など、子どもが保護者の考える「あるべき姿」から外れた行動をすると、大きな違和感が生じて、処罰感情がわき起こります。この状態になった段階で、「叱りたい気持ちを抑える」のは並大抵のことではありません。
叱るのは子どもに変わってほしいという思いの裏返し。しかし、本能的な衝動が抑えられなくなると、感情的に子どもを責めてしまったり「叱る」行為がどんどんエスカレートしたりすることも。
「〇〇しなさい!」と厳しく叱れば、子どもは渋々でも言うことを聞くでしょう。このあと詳しく説明しますが、子どもが叱っている相手に従うのは、単純に苦痛な時間を早く終わらせるため、ということが多々あります。
にもかかわらず、保護者が「叱ることは子どもの教育に効果がある」と認識した場合、「叱る」行為はくり返されやすくなります。
防御モードで思考力が低下
私たちの脳はネガティブな感情に満たされると、身を守るために「防御システム」が活性化すると考えられています。防御モードの時にとる行動は「逃げる」か「攻撃する」かの二択となり、思考力は低下。ですから叱られている子どもは、苦痛の時間を終わらせることを第一に考えます。「逃げる」手段としては、その場しのぎで謝るというパターンが多いでしょう。
子どもを叱った時に
防御モードになっている子どもに語ったところで、残念ながら保護者の思いはほとんど届きません。つまり「叱る」は、子どもの成長や学びにつながらないのです。
子どもの成長や学びにつながらないのであれば、極力「叱る」を減らしていきたいですよね。そのためには、問題が起こった“あと”ではなく起こる“前”に対策をすることが有効です。これを私は「前さばき」と呼んでいます。
さばくといっても、保護者の望む「あるべき姿」に子どもを誘導するのではありません。あくまで、子どもの状況を理解し、叱る必要のない状態をめざすことを目的とします。具体的な方法を3つ紹介します。
ズレが少なくなり
イライラが減る
予測力を高めることは、「叱る」を手放すためにとても役立ちます。予測とは、いつ、どのタイミングで子どもが叱られるようなことをするか、見通しを立てておくことです。
例えば家族で外出した場合、空腹なのにレストランが混んでいたら子どもは不機嫌になり、そこで自分は「我慢しなさい」と怒るだろう、といったリアルな予測です。余裕があれば未来予測をメモしておくのもおすすめです。
その後振り返ってみると、予測どおりに自分は叱ったのかどうか、もしくは思いがけないことで叱ったとか、さまざまな気づきが得られると思います。仮に叱ったとしても、予測が当たっていたからOK、と気軽な気持ちで取り組んでください。
あらかじめ思っていたとおりのことが起こると、「あるべき姿」とのズレが少なくなるので、自然と叱る程度が軽くなることが多いです。
また予測をする時は子どもの立場で物事を考えるので、予測の精度が上がっていくにつれ、子どもに寄り添った事前の策を見出しやすくなります。例の空腹の場合でいえば、昼食前にジュースで一休みする時間を作る、子どもにどこで食べるとよいか相談するといった具合です。
子どもの主体性を
引き出せる
問題となる行動が起きた時、原因として、子どもが「したくないからやらなかった」もしくは「できないからやらなかった」の2通りがあります。見極めは難しいので、前さばきをする際は「できない」ことを前提に解決策を考えるのがおすすめです。
大切なことは、一般論の「あるべき姿」に照らし合わせて、子どものできないことを強制するのではなく、その子にとって本当にいい方法を話し合って模索し続けることです。
あくまで例ですが、どうしても子どもが朝起きられなくて遅刻してしまうのであれば、「3日連続で早起きが無理なら、2日行けたら3日目はお寝坊さんデーにするのはどう?」と提案する方法があるでしょう。子どもも納得してやってみようと思えば、毎朝叱ってたたき起こすことはなくなります。
問題が起こってから叱るのではなく、事前に少しでもできる方法を子どもと一緒に考え、サポートしていくという方法です。スモールステップであっても、子ども自身が自分で判断し、決めたことを努力してやってみることは成長の糧になります。
お互いの意見を
尊重できる
お互い感情的になっていない時に、保護者と子どもで話し合いの場を持つことも「前さばき」に当てはまります。穏やかな雰囲気であれば保護者の思いも伝わりやすく、子どもの気持ちを冷静に聞いて、子どもの立場に立って対応策を考えやすいからです。
おすすめしたいのが家族会議。我が家も半年前から、月に1回開催しています。
最初に話すのは、先月の振り返りと今月の予定。「お母さん、先月は仕事忙しかったね」「授業参観があるけれど、お父さんは来られるの?」といったことです。その後、「話したいことがある人いる?」と今日の議題に移ります。
我が家では、議題は誰が出してもよい、出された議題に対して全員が意見を言うことをルールにしています。子ども側から「この決まりは厳しいから変えたい」と言われることもあります。その時に家族で話し合いをして、子どもも納得できる約束事に見直せるので、自然と叱ることも減ります。
うまく進めるコツは反省会にしないこと。経験談ですが「あれは良くなかったよ」とお小言ばかりの家族会議になると、子どもは逃げ出してしまいます。
早く切り上げよう
「叱る」は問題となる行動が起きたあとにすることなので、「あとさばき」になります。感情的になっている時こそ、あれこれ言いたくなってしまいますが、防御モードになっている子どもは、ほとんど聞いていない可能性が高いです。
叱ってしまったら、あとはできるだけ早く切り上げるように努力しましょう。前さばきと同様に「叱る」と上手に付き合う方法の一つです。
保護者のかたがお子さまにお話をする時は、「私はあなたにこうしてほしい」「私はこんなふうにされると困るんだ」のように、自分を主語にして言葉にすると伝わりやすいです。「普通はこうするものだ」「みんながこう言っているから」という言い方をすると、「普通」「みんな」とは違う、叱られる子が悪い……というトーンに傾きがちになります。
「普通」「常識」「当たり前」の言葉を使わず、まっさらな目で起きていることを眺めてみて、「私はこう考えるけれど、あなたはどう思う?」と問いかけ、お子さま自身の言葉を聞いてあげるだけでも、少しずつ「叱る」は減っていきます。