狂言師 野村萬斎さんに聞く「育てる」ということ【前編】

古典芸能の世界にとどまらず、現代劇や映画、テレビなどで縦横の活躍を見せる狂言師・野村萬斎さん。NHKの子ども向け番組『にほんごであそぼ』の「ややこしや」のコーナーでもおなじみです。2013(平成25)年6月には、父君・野村万作さんと2代続いてベスト・ファーザー賞を受賞されました。3児の父であり、中学2年生になる長男・裕基さんの師でもある萬斎さんに、野村家の子育てについて伺いました。

あいさつはモード切替スイッチ

日頃、家で大事にしているのは「あいさつ」ですかね。あいさつは、自分のモードを切り替える《スイッチ》でもあると思うんです。朝起きたら「おはようございます」と言って、休止の状態からスイッチを《オン》にする。稽古場に入る時は「よろしくお願いします」。稽古は真剣勝負の場ですから、日常生活からそこへ入っていくためにも、さらにスイッチの切り替えが必要になるんですね。稽古が終わったら、「ありがとうございました」で稽古モードを《オフ》に。日常に戻ったら、稽古のことは一切引きずりません。僕と長男は、親子でありながら師弟でもあるという特殊な関係なので、日常と稽古は特にきっちりと分けるようにしています。それが親子のエチケットだと思うから。とにかく、自分で自分の時間に区切りをつけられるというのは、なかなか良いことだと思うんですよ。

稽古場を離れたら、ただの父親です。子どもたちが小さいころは、ついいつまでも一緒に遊んでしまい、妻に「子どもが寝なくなるから、夜10時前には帰ってこなくて良い」「子どもが4人いるようだ」と言われたりしていました。今、長女は高校1年生、長男は中学2年生と思春期まっさかり。妻の言うことを聞かない、弁当を食べない、弁当はいらないから学食で食べると言いつつ、渡された昼食代を結局別のことに使うなど、いろいろやっています(笑)。長女は勉強もがんばっているようですが、ストレス解消なのか、買い物につきあわされるのには閉口します。大型文具店でカラーマーカーを数十本も買おうとするので減らすのが大変、恥ずかしいからもうやめてくれと言いました(笑)。
一方、小学1年生の次女はまだまだ無邪気なもので、一緒に遊んでいると気持ちが和みます。これがいつまでも続かないのはわかっていますが……。



制約の先にこそ自由がある

自分の思春期を振り返ると、子どもたち以上に反抗心は持っていたと思います。なぜ毎日稽古をするのか、なぜ狂言をやらねばならないのかがわからない。僕はロック少年でしたから、稽古のあと、大音量でギターをかき鳴らすのが唯一の発散・自己表現でした。稽古は発散にはならんのですよ。自己表現の前の段階で、基礎の型をみっちりと叩き込んで、狂言というソフトを体にプログラミングするのが稽古ですからね。自ら「狂言を選ぶ」と決意できたのは、狂言が優れた表現ツールであると気づいてからでした。僕が今、映画や現代劇など、さまざまな現場で仕事をさせていただけるのも、父に叩き込まれた基礎があるからだと思います。「型」「基本」という制約の先に、自由があるんですね。

狂言は芸能であり、根元的には一種の《見世物》です。人がふつうに立っているだけでは、なんの見世物にもならない。特に能・狂言は、音響や照明にほとんど頼らず、演者が素手で演じるものです。ですから、「珍しきが花」と世阿弥の言葉にもあるように、珍しいもの、見たこともないような状況を、生身の体でかもし出さなくてはならない。そういう体をつくるために、まずは徹底して「カマエ」や「運ビ」(すり足)などの基礎を習得します。シンプルで制約の多い芸だからこそ、他ジャンルへの応用範囲が広いのかもしれません。



厳しさの中にも遊び心を大切に

現在、長男の裕基は変声期が始まり、背も急に伸びてきて、なんとも体つきが定まらない年頃なんですが、体を鍛えるには適した時期です。今こそ身体的な基礎プログラムを埋め込んで、高性能の狂言ソフトを体に入れておかなくてはならない。それが狂言を伝える者としての義務だと思っています。パソコンと同じで、良いソフトが入っていないと良いパフォーマンスは難しいですから。

とはいえ、厳しさばかりではお互いに疲れ果ててしまうので、なるべく遊び心を持って稽古しています。動きをマンガや、テニスのスイングにたとえてみたり。彼はテニス部に入っているのですが、僕がギターで気持ちを発散していたように、彼もテニスで発散できていれば良いなと思います。
それにしても、彼はどうも昔の僕より狂言が好きらしい。「父を超える狂言師になる」なんて発言したこともあるらしいけれど、よくも軽々と言ってくれるものです(笑)。まあ、夢は大きく持ってほしいですけれどね。

次回は、複雑な現代の社会で、大人になるために何が必要か?というテーマでお話を伺います。


プロフィール



1966年東京生まれ。祖父・故六世野村万蔵及び父・野村万作に師事。3歳で初舞台。「狂言ござる乃座」主宰。国内外で多数の狂言・能公演に参加する一方、現代劇や映画、ドラマ等への出演、舞台演出など幅広く活躍。

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