競泳メダリスト宮下純一さんが語る水泳人生とオリンピック

北京オリンピック競泳メダリストで、現在はスポーツキャスターとして活躍中の宮下純一さんですが、水泳を始めた幼稚園児のころは大の水嫌いだったそうです。
そんな宮下さんがどのようにしてオリンピックに出場し銅メダルを獲得するまでに至ったのか?インタビューをお届けします。

顔に水がかかると泣いてしまう子だった園児時代、嫌々始めたスイミング

水泳を始めたのは、幼稚園の先生が両親にすすめてくれたのがきっかけです。当時は、お風呂で頭を洗う時もシャンプーハットをしていましたし、顔に水をかけられると泣いてしまうほどの水嫌い。幼稚園では僕だけ水遊びができなかったので、先生が「幼稚園で純一くんだけ水遊びができません。小学校では水泳の授業もあるし、スイミングスクールに通ったほうがいいですよ」とうちに電話をくれたんです。

それで、半ば無理やり連れていかれる形でスイミングスクールに通い始めました。しかも、シャンプーハットをしているくらい水が苦手だというのに、週4日も(笑)。嫌々通っていましたが、週4日通っていると成長も早いもので、水を克服するのにそこまで時間はかかりませんでした。

当時のことを両親に聞くと、「苦手なことをやらせるよりも、好きなことをやらせたほうがいいんじゃないかとずいぶん迷った」と話してくれましたが、僕としては本当に嫌々で、「なんでこんな嫌なことやらなきゃいけないんだろう」と思いながら通っていました。

ただ、水泳は水の中という非日常の中で行うもの。水の感覚は水の中でしか養えないため、週4回も通っているとみるみる進級していくんです。それこそ、得意な子が週1回行くより進級のスピードは早かったと思います。すると、コーチや両親も「よくやった!」と褒めてくれますし、「もっと結果を出せるんじゃないか」とあおられるがままに続け、スイミングを始めてから5年目、小学4年生の時にジュニアオリンピックで入賞することができました。「楽しい」と思えたのは、その時が初めてかもしれません。
結果を出せたというのはもちろんですが、全国に友達ができるようになったのが嬉しかったんですよ。

僕は鹿児島出身なので、日本全国に住んでいるライバルや友達にはなかなか会えません。「友達とまた泳ぎたい」と思えるようになってから少しずつ水泳も好きになっていきました。
こう言うと、好きじゃないことなのになぜ続けられたのかとよく聞かれますが、ある程度得意になってきてもったいないから辞められなかったというのが正直な話なんです。みんなが褒めてくれるし、ライバルよりも自分のほうが速い、だから今辞めてしまうのはもったいない!という感じでした。

卒業文集に書いた夢だったオリンピックが現実味を帯びた瞬間

小学校の卒業文集などに「将来の夢はオリンピックに出ること」と書いたことはありましたが、その夢が夢じゃないかもしれないと初めて思ったのは小学生の時にソウルオリンピックでの鈴木大地選手のレースを見た時、そして、具体的に目標として定まったのは大学に入学し、日本選手権の決勝に残った時でした。

前者は、リアルタイムでは5歳なので、スポーツ名場面のようなテレビ番組でのちのち見たのですが、僕と同じ日本人、そして背泳ぎの選手が金メダルを獲ったのを見て「自分も世界で戦えるかもしれない」と思いました。

オリンピック出場という具滝的な目標が定まってからは、「どのオリンピックに出るのか」を決めたうえで逆算して取り組むべき課題を決めていきます。たとえば、東京オリンピックに出たいという目標あるなら、一発勝負にならないためにその一つ前のリオデジャネイロオリンピックの選考会に出て雰囲気を体験しておきたい、ということになります。その選考会に出るための記録は何分何秒なのか? そのために自分はタイムを何秒縮めないといけないのか?という具合です。

他にも、「高校生で出たいのか、大学生で出たいのか?」「何の競技で出たいのか?」という観点で目標を決める選手もいます。
オリンピックを目指す選手は、そこに向かって倒れ込んでゴールするくらいの必死さで練習を重ねています。しかたのないこととはいえ、今回のようにオリンピックが延期になるということは、ラストスパートをかけていたのにゴールテープまでの距離が伸びてしまったようなもの。新型コロナウイルスの影響だけでなく、病気やケガで夢が途絶えてしまうこともあります。引退した今、スポーツばかりでなく、「次がある」とは思わないほうがいいと改めて考えました。

プロフィール

宮下純一

宮下純一

スポーツキャスター / 北京オリンピック競泳メダリスト
鹿児島県出身。5歳から水泳を始め、9歳の時コーチの勧めにより背泳ぎの選手となる。鹿児島県立甲南高等学校から筑波大学に進学、体育専門学群で学び、中高教員免許を取得。2008年8月北京オリンピック競泳男子100メートル背泳ぎ準決勝で53.69秒のアジア・日本新記録を樹立、決勝8位入賞。同400メートルメドレーリレーでは日本チームの第1泳者として、銅メダルを獲得。2008年10月、競技者として有終の美と感じられる結果に現役を引退。現在は、水泳・スポーツの美と感動、アスリートという人間の心のドラマやストーリーを伝えられるスポーツキャスターとして幅広く活動。(財)日本水泳連盟競泳委員として選手指導・育成にも携わっている。

月曜 隔週 レギュラーにて出演中
・文化放送「なな→きゅう」7:00~9:00
・TBS「ひるおび!」11:55~14:00

プロフィール

Benesse教育情報サイト編集部

東京大学大学院 情報学環 准教授。デジタル教材の開発や評価など、情報技術を利用した学習環境について研究している。主著として「デジタル社会のリテラシー」(岩波書店)「未来の学びをデザインする」(東京大学出版会)など。

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