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全国の神社にまつられる神様・菅原道真の人生とは?

太宰府天満宮太宰府天満宮

梅にまで慕われた菅原道真

学生の本分といえば勉強ですが、「やりたくない」と思うことも多いでしょう。しかし、自分の夢を叶えるため、またやりたい仕事に就くためにも、学生時代にしっかり勉強することは大切です。

勉強は覚えることもたくさんありますし、テストで良い点を取るのはなかなか大変なものです。苦しいときの神頼みとばかりに、「勉強ができますように」と神様にお願いしたことがある人もいるのではないでしょうか。特に受験生になると、合格祈願で学問の神様にお願いをすることもあるでしょう。

そんな神頼みを叶えてくれるかもしれない、「学問の神様」として全国にまつられているのが菅原道真(すがわらのみちざね)です。「天神さま」と呼ばれることもあります。

菅原道真は、平安時代の貴族で政治家です。子供の頃からとても頭がよく、天皇の信頼を得て異例の早さで出世しました。また、学者の家に生まれ学問にすぐれていたうえ、政治にもたけていました。

菅原道真は若いときから学者や役人としての力を発揮し、右大臣(政治の最高機関の太政官の閣僚で、政務を統轄する職)になりました。

しかし菅原道真の出世をよく思わない人物もいました。それが当時の左大臣(最高機関の太政官職の頂点・藤原時平(ふじわらのときひら)です。

藤原時平は父が太政大臣をしていた名門の生まれで、優秀な人物でした。藤原時平にしてみれば、さほど家柄も良くない菅原道真が目障りだったのでしょう。

藤原時平は、菅原道真を信頼していた宇多天皇(うだてんのう)が退位し、醍醐天皇(だいごてんのう)に代わると「菅原道真が娘婿(皇子)を天皇にしようとしている」と醍醐天皇に告げ口します。これを信じた醍醐天皇は、菅原道真を九州の大宰府(だざいふ・現在の福岡県太宰府市)の大宰権帥(大宰府の長官)に左遷してしまいます。

都を離れるとき、菅原道真は「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春を忘るな」という歌を屋敷にあった梅の木に向かって詠みました。梅の木は菅原道真を慕い、一夜にして菅原道真の元へやってきたという逸話があります。

菅原道真は自分にかけられた疑いが晴れるのではないかと、大宰権帥へ左遷されながらも刑が執行免除になるのを待っていました。しかしその機会は訪れることはなく、菅原道真は大宰府に移ってから2年後に亡くなりました。

現代でも崇拝される菅原道真の誠実さ

菅原道真が学問の神様としてまつられるようになったのは、生前の活躍もありましたが、直接的な理由は死後にあります。菅原道真の死後、菅原道真追放に関わった人たちが次々と亡くなったためです。

まず対立していた藤原時平が病死し、続いて醍醐天皇の息子も亡くなりました。さらに都に落雷が相次ぎ、当時の大納言(だいなごん・左大臣、右大臣の下の職)をはじめ、菅原道真を追放した関係者が雷に打たれて亡くなりました。

これを当時の人々は「菅原道真の呪いだ」とし、おん霊、すなわち天神としました。『太宰府天満宮』は、天神さまをまつるために御墓所の上に本殿が建てられ、その後お御霊を鎮めるために、京都府の『北野天満宮』が建てられました。そしてしばらくすると、生前、菅原道真が学問にすぐれていたことから、学問の神とあがめられるようになったのです。

ここから学べる菅原道真の教えは「不遇であっても誠実に生きることが大切」ということです。

菅原道真は、たとえどんなに自分が不遇であっても、自身の潔白の証明を願い祈り続けていました。

その願いが通じたのか、菅原道真が亡くなった後、朝廷では無実が証明されました。そして、今もなお「学問の神」「至誠の神」として人々の信仰を集めています。

菅原道真の生涯から、「自分の置かれた環境や状況がどんなに不遇であっても、人を恨んだりするのではなく、誠実に生きることが大切である」という点が学べるのではないでしょうか。

菅原道真を守った牛がいる『太宰府天満宮』へ行ってみましょう

前述した通り、菅原道真は天神としてあがめられ、学問の神様になっています。その中で最も有名なのは、菅原道真が左遷された地にある『太宰府天満宮』です。

『太宰府天満宮』にはたくさんの牛の像がいます。菅原道真は牛と関わりが深く、丑年生まれであったほか、「菅原道真の遺体を運ぶ車の牛が座り込んで動かなくなって付近の『安楽寺』に埋葬した」など、さまざまな牛の伝説があります。

こうしたことから『太宰府天満宮』のあちこちに牛の石像があり、『御神牛』(ごしんぎゅう)と呼ばれています。全部探せたら幸せなことがあるかもしれません。

アクセスマップ

名称:太宰府天満宮
時間:6時30分~19時
※春分の日より秋分の日の前日までは6時開門
※6月・7月・8月は19時30分閉門
※12月・1月・2月・3月は18時30分閉門
休日:なし
料金:なし ※宝物殿と菅公歴史館はそれぞれ入館料が必要
住所:福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号
電話:092-922-8225(9時~17時)
※情報は変更されている場合があります。

監修者プロフィール
河合 敦(かわいあつし)
多摩大学客員教授。歴史研究家。1965年東京都生まれ。多数の歴史書を執筆するとともにテレビやラジオなどのメディア出演多数。
代表的な著書に『日本史は逆さから学べ!』(光文社知恵の森文庫)、『もうすぐ変わる日本史教科書』(KAWADA夢文庫)などがある。

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