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幕府の刺客に暗殺された『坂本龍馬(竜馬)』は明治維新の立役者!

名言から読み解く『坂本龍馬(竜馬)』とは?

「今一度日本を洗濯致し候(そうろう)」

この名言、一度くらいは聞いたことがあるでしょう。誰が言った言葉かご存じですか?

正解は、坂本龍馬(さかもとりょうま)です。

では、この言葉にどんな意味が込められているのでしょうか。

坂本龍馬と言えば、明治維新の立役者とも言われる人物で、仲がとても悪かった薩摩藩(鹿児島県)と長州藩(山口県)の手を結ばせ、『薩長同盟』(さっちょうどうめい)を成立させたというエピソードが有名です。

長州藩は朝廷に力をのばし、過激な攘夷を主張していました。薩摩藩はこれに危機感をいだき、会津藩と手を組んで朝廷から長州勢力を追い払います。怒った長州藩は大軍で京都から攻めのぼり、薩長の戦争に発展してしまったのです。しかし両藩とも列強と戦ってその強さを知り、これからは有力な藩が協力して近代国家をつくる必要性を理解するようになります。そんなとき坂本龍馬が現れて強く同盟を説き、ついにそれが実現したというわけです。

続いて坂本龍馬は、平和的に幕府の政権を朝廷に返す大政奉還(たいせいほうかん)の実現に成功、いよいよ明治維新が本格化するという矢先、京都の『近江屋』(おうみや)で暗殺されてしまいました。

京都見廻組(きょうとみまわりぐみ・警察のようなもの)の佐々木只三郎(ささきたださぶろう)らの犯行とされますが、薩摩藩や土佐藩(高知県)の陰謀など、さまざまな説があります。

「今一度日本を洗濯致し候」

弱冠33歳にしてこの世を去った坂本龍馬のこの言葉には、「必ず国を変えてやる」という強い決意が込められています。そして、この志は明治維新の原動力となりました。

常識にとらわれない『坂本龍馬(竜馬)』から学ぶ【教え】

坂本龍馬が成し遂げた偉業は、どれも当時の人々からは考えもつかない独創的なものでした。

『薩長同盟』以外にも、日本で最初の株式会社といわれるのちの『亀山社中』『海援隊』(かいえんたい)を組織したり、明治政府の基本方針『五箇条の御誓文』に影響を与えたとされる『船中八策』(せんちゅうはっさく)を作成したりしています。

服装についてもブーツを履いていたり、ピストルを持ったり、写真を好んだりするなど、海外の品に興味をもち、どんどん取り入れています。

このように、変化を恐れず柔軟な思考をしていたからこそ、坂本龍馬は歴史的な偉業を成しとげたのでしょう。

私たちの人生においても、変化を恐れず、柔軟に考えることはとても大切なことです。

例えば、みなさんのお子さまも、生きていく中で壁にぶつかることも少なくないでしょうし、これまでの経験や知識が役に立たないという場合もあるでしょう。

そんなときには坂本龍馬のように、変わることを怖がらずに柔軟な思考で乗り越えていくことの大切さを、お子さまに教えてあげてください。これからの時代をつくるのは若い世代なのです。

『桂浜公園』の坂本龍馬像を見に行ってみましょう

高知県の南に位置し、『日本の渚・百選』のひとつに数えられる景勝地です。よさこい節で歌われる「月の名所は桂浜…」という歌詞はこの地を示しています。浜の東側にある『龍頭岬』(りゅうづざき)には太平洋を望むように坂本龍馬の銅像が建てられ、周辺には『坂本龍馬記念館』や『海津見神社』(わたつみじんじゃ)、『桂浜水族館』などの観光地があります。

アクセスマップ

名 称:桂浜公園(かつらはまこうえん)
時 間:入場自由(駐車場は6時00分~22時30分)
休 日:無休
料 金:無料(駐車場はバス800円・普通車400円・バイク50円)
住 所:高知県高知市浦戸
電 話:088-823-9457(高知市観光振興課)
※情報は変更されている場合があります。

監修者プロフィール
河合 敦(かわいあつし)
多摩大学客員教授。歴史研究家。1965年東京都生まれ。多数の歴史書を執筆するとともにテレビやラジオなどのメディア出演多数。
代表的な著書に『日本史は逆さから学べ!』(光文社知恵の森文庫)、『もうすぐ変わる日本史教科書』(KAWADA夢文庫)などがある。