研究レポート
Research Report

日本人は他国に比べ、創造性をどう認識しているのか?3,101名を対象にした創造性神話・事実の調査より

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公開2024/8/23

科学的証拠によって裏付けられていない創造性に関する固定観念、いわゆる、創造性神話が、学校や職場での創造的な行動を阻害する可能性が指摘されている。Benedekら(2021)は、人々が創造性に関する神話や事実をどの程度承認しているのかを調査する創造性神話・事実質問票(CMFQ)を開発した。本研究では、日本語版に翻訳した質問票により、日本人3,101名に調査した結果、日本人の創造性神話に対する支持率は平均58%、創造性事実に対する支持率61%であり、他国と同様の傾向であったが、日本人に特有の傾向がみられた。その要因について考察する。

※本記事は、 Ishiguro, C., Sato, T., & Inamizu, N. (2024). The Japanese Conception of Creativity: Myths and Facts. Creativity. Theories – Research - Applications, 11(1), 64–87. の論文で発表した内容を元に、Web記事用に筆者がアレンジしたものです。学術的な内容は、原著論文をご確認ください。

【論文掲載先】 https://doi.org/10.2478/CTRA-2024-0005

Open data
「日本の創造性神話・事実」の分析データ・コード

本研究では、オープンサイエンス※の一環として、分析データ・コードを公開しています。

※オープンサイエンスとは、オープンアクセスと研究データのオープン化を含む概念です。オープンアクセスが進むことにより、あらゆるユーザーが研究成果を広く利用可能となり、その結果、研究者の所属機関、専門分野、国境を越えた新たな協働による知の創出を加速し、新たな価値を生み出していくことが可能となります。
引用元:オープンサイエンス|事業運営方針|日本学術振興会(https://www.jsps.go.jp/j-policy/open_science/

公開2023/6/3

公開先Open Science Framework(OSF)

公開者佐藤 徳紀(ベネッセ教育総合研究所)

私たちは日々、「創造性」について耳にし、その必要性を言葉にすることはあるが、それが何を指し、どう理解しているのか、あまり考えることはない。その疑問に、近年の創造性研究の進展が一つの見方を示してくれている―「創造性神話」だ。ベネッセ教育総合研究所では、日本における創造性の理解や教育への応用を目的に、2020年より東京大学との共同研究において、創造性に関する研究に取り組んできた。本稿では、研究プロジェクトのメンバーの聖心女子大学・石黒先生を中心に、東京大学・稲水先生とともに行われた創造性神話・事実の調査結果を報告する。

1.日本人の創造性をとりまく背景

日本人は他国からみると、創造的な製品を生み出していると受け止められているが、アメリカ人やヨーロッパ人などと比較すると、自分自身を創造的だとは考えていない(Adobe, 2017; Anderson et al., 2014)。日本人が自分たちの創造性を否定的に捉えているのはなぜか。その自己認識に影響を与えている創造性の知識や信念を特定することは、日本人の創造性の理解を深め、創造性を支える一助になると考えられる。

創造性に関する一般人の信念を「創造性の暗黙理論(Sternberg, 1985)」と呼ぶ。これまでの研究により、創造的マインドセット(Karwowski, 2014)やアートバイアス(Patston et al., 2018)など、様々な信念が示されてきた。日本においても縣と岡田(2010)が芸術創作においてBig-Cバイアスがあり、個人の芸術創作や鑑賞の意欲を阻害していることを示した。Big-Cバイアスとは、社会や歴史を変革するような創造性だけを優先し、日常的な創造性を軽視する考え方を指す(Beghetto, 2010)。

また、この信念は、教育やビジネスにおいても重要だ。前述の創造的マインドセットとは、創造性についての考え方や価値観、信念を指す言葉で、創造性を伸ばせると思う「成長的」な信念と変えられないと思う「固定的」な信念の2つがある(Karwowski, 2014)。創造性についての固定的なマインドセットを持つ教師は、子どもの創造的な可能性を認めにくく、創造的な指導に自信がないことが指摘されている(Paek & Sumners, 2019)他、成長的なマインドセットを持つ人は、より良いパフォーマンスを発揮し、職場で上司から高い創造性評価を受けることが示されている(Puente-Díaz & Karwowski, 2017; Zhou et al., 2020)。

2.創造性神話・創造性事実とは何か

こうした信念のうち、科学的根拠によって裏付けられていない誤ったものは「創造性神話」と呼ばれる(Boden, 2003; Weisberg, 1986)。これが固定観念となり、個人の創造性や教育現場や組織における創造性に悪影響を誘発すると言われている(Baas et al., 2015; Ritter & Rietzschel, 2017)。そこに注目したBenedekら(2021)は、過去の創造性研究に基づく、創造性神話・創造性事実質問票(Creativity Myths and Facts Questionnaire)を開発した。この調査票は、創造性神話と創造性事実に関する各15項目で構成され、例えば、創造性の定義、特徴、プロセス、刺激に関する内容を含んでおり、回答者は各記述が「正しい」、「正しくない」または「わからない」のいずれかの回答した。先行研究では、オーストリア、ドイツ、ポーランド、米国、中国、ジョージアの計6カ国の回答を比較している。

本研究の目的は、日本人の回答結果を先行研究(Benedek et al., 2021)と比較することによって、創造性神話と創造性事実に関する日本人の信念の特徴を探ることである。先行研究の著者から許可を得たうえで日本語版の質問票を作成し、日本人サンプルにおける各創造性神話と創造性事実の承認率を調査した。調査は2023年3月、インターネット調査会社を通じて、3,301名の成人回答者(女性1,661名、男性1,640名、平均年齢48.2歳)に行われた。なお、調査時点で18歳以上で、創造性研究に関わったことのないものを対象とした。

3.他国と比較した日本人の創造性神話・創造性事実の承認率

創造性神話については、調査対象者の平均58%が承認する結果になった(図1参照)。Benedekら(2021)の先行研究の報告では平均承認率50%であり、50%を超えた記述は7つであったが、本研究では承認率50%を超える記述は11であった。さらに、各創造性神話の平均承認率を、日本人および先行研究の6カ国それぞれの人々の平均と比較したところ、先行研究で報告された6カ国よりも高かったのは、「創造性は、類まれなる才能である(Big-Cバイアス:68%)」、「人がもつ創造性は一定であり、なかなかそれを変えることができない(固定的マインドセット:40%)」、「創造性はアートと本質的に同じである(アートバイアス:63%)」などの、前述の創造性の暗黙理論で示された3つがあった。他にも、「創造性は測ることができない(84%)」、「グループでのブレインストーミングをすると、一人で考えるよりも多くのアイデアが生まれる」(77%)、「子どもは大人よりも創造的である(77%)」、「創造的なアイデアは本来、良いものである(75%)」なども高い承認率であった。

図1:日本人の創造性神話の承認率

注:グレーの棒グラフとそのポイントは、Benedekら(2021)の6カ国(オーストリア、中国、ジョージア、ドイツ、ポーランド、米国)における創造性神話の全体的な承認率を表す。エラーバーは "わからない "の相対頻度を示す。

創造性事実の承認率は平均61%であり(図2参照)、創造性神話よりも創造性事実を承認する傾向は、創造性事実の承認率の平均が68%であった先行研究(Benedek et al., 2021)の結果と同様である。日本の承認率は、ほとんどの創造的事実の記述において、6カ国の平均よりも低かった。しかし、日本人の平均承認率が高い創造的事実がいくつかあった。例えば、「創造的と見なされるには、新しく、かつ、役に立つ(適切な)何かが必要である(59%)」、「先生は創造性を重視するが、創造的な生徒は必ずしも評価されない(64%)」、「ある領域で創造的なブレークスルーを達成する (例:ベストセラー小説を出版する) には、通常、少なくとも 10 年間のよく考えられた訓練と作業が必要である(38%)」、「男性と女性は、一般的に創造性に違いはない(62%)」である。

図2:日本人の創造性事実の支持率

4.創造性神話の承認率の要因

先行研究(Benedek et al., 2021)に基づき、創造性神話の承認する要因を探るために、人口統計学的変数、創造性と神経科学に関する知識、知識の情報源、パーソナリティを予測変数として重回帰分析を行った。分析結果の一部を、以下に示す。先行研究(Benedek et al., 2021)で指摘されている人口統計学的変数、知識源、パーソナリティは、日本人参加者では影響は弱いが有意であることが示された。(その他の結果、表などの詳細は、原著論文を参照)

  • 人口統計学的要因、神経神話、知識:創造性神話の承認は、年齢および教育年数と負の相関があった
  • 知識の情報源:雑誌や講義のような科学的な知識源に依存する場合、創造性神話をあまり承認しない傾向だが、テレビ、インターネット、友人などの一般的な知識源は、創造性神話に関する承認とは無関係であった。創造性事実は、科学的知識と正の相関を示すことが示唆された。これらの結果は、Benedekら(2021)の知見と概ね一致している。
  • パーソナリティ:外向性および神経症傾向と関連しており、先行研究(Benedek et al., 2021)と一致していたが、勤勉性との正の相関は再現されず、外向性との正の相関が示された点は異なっていた。

5.日本人の創造性に関する信念のアップデートに向けた論点

本調査では、日本人の創造性の自己認識に影響を与えている創造性の知識や信念に迫ることを視野に、先行研究(Benedek et al., 2021)と比較することで創造性神話と創造性事実に関する日本人の信念の特徴を探ることであった。結果として、3つの論点が挙げられる。

日本人に特徴的な創造性神話の回答

6カ国の平均点を比較すると、国際平均を上回る日本人の高い承認率は、Big-Cバイアス、固定的なマインドセット、アートバイアスの他に、最も承認されていた記述として「創造性は測定できない」があった。この創造性神話の信念を根強く持っている場合、研究に基づく教育現場や職場で創造性の測定方法が示されたとしても、創造性の測定に否定的になる可能性がある。また、「子どもは大人よりも創造的である」という考えは、子どもの創造性を承認する傾向として捉えられる反面、創造性に関連する知識やスキルの量が、発達段階を超えて増加するという報告(Barbot et al., 2016)とは異なる理解を招き、それを促す教育を軽視することにもなりかねない(Beghetto, 2019)。こうした日本人の創造性神話の信念の特徴を理解した上で、日本社会の中で創造性にどのように向き合うか、どのように企業や学校での創造性教育を行うかを検討する必要がある。

日本人の創造性神話の承認率の要因

創造性神話の信念と年齢や教育年数とが負の相関があるという結果は、人々が年齢を重ね、教育を受けるにつれて、より創造的な活動やそれに関する知識を蓄積していく可能性を示している。また、知識の情報源では、創造性神話の信念は科学的知識と負の相関を示し、創造性事実においては科学的知識と正の相関を示すことが示唆された。一方で、パーソナリティは、Benedekら(2021)の報告とはやや異なっていた。神経症的傾向が創造性神話の信念と正の相関があることは一致していたが、本研究では誠実性との正の相関は再現されず、外向性との正の相関が示された。追加分析によれば、外向性と知識の情報源に接する機会との間に正の関係があることから、外向性の高い日本人は様々な情報源から知識を得る可能性が高いことに起因していると考えられる。多様な情報源にアクセスして科学的な理解を促進することが、創造性の神話や事実を正しく理解することにつながる。

日本人は「わからない」と回答しやすい?

本研究ではそれぞれの創造性神話・事実の文章について「正しい」「わからない」「正しくない」の3つの選択肢が与えられるが、日本人は他国よりも「わからない」と回答する割合が高かった。「わからない」と回答する相対的頻度を不確かさ割合としたとき、日本人の創造性神話の回答は、他国の平均不確かさ割合よりも2倍であった。創造性事実の場合、日本の不確かさ割合は他国の5倍であった。日本、台湾、中国などの東アジア諸国の人々は、極端な態度や意見の表明を避け、「賛成でも反対でもない」を選択する傾向が強いことが知られているが(Chen et al., 1995)、本調査では中国の不確かさ割合よりも日本の割合がかなり高く、欧米社会と東アジア社会の違いのみだけでは説明ができない。創造性神話の不確かさ率は、教育年数、科学的な情報源などと正の相関があり、一般的な情報源やパーソナリティ(例えば、協調性)と負の相関があることが示された。これらの結果は、回答の負担を避けようとしているのではなく、学歴が高く信頼できる情報源にアクセスしやすい人ほど、創造性神話の記述の正誤を判断しようとして、自分の知識不足を表現していることを示唆している。創造性に対する謙虚さや受容性を示しているかもしれない。

その他、オリジナルの質問票にはいくつかの限界があり(Benedek et al., 2021)、特に、この質問票で根拠となっている知見のほとんどが西洋社会で実施された研究から得られたものであるという側面は、非西洋人である日本人の創造性神話・創造性事実について考える時に無視できない。また、本研究は海外で行われた研究とは年齢や教育年数などの標本属性が異なるため、他国の類似集団のデータと統計的に比較することはできなかった。今後、各国の類似集団を評価・比較する必要がある。欧米と東洋では創造性の定義などが異なるため(例えば、Li, 1997)、研究者は今後そのような違いを明らかにする必要がある。

本調査が、日本人の創造性の理解を深め、創造性を支える一助になることを願っている。

参考文献

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佐藤 徳紀

プロフィール

ベネッセ教育総合研究所 研究員
1983年福島県生まれ。2012年(株)ベネッセコーポレーションに⼊社後、中学⽣向けの理科教科の教材開発を担当。2016年6⽉から初等中等領域の調査を担当後、情報企画室、教育研究企画室の研究員に着任。専⾨は電気⼯学、エネルギー・環境教育、理科教育、博⼠(⼯学)。担当した主な調査は、「第6回学習指導基本調査」(2016年)、「⼦どもの⽣活と学び」研究プロジェクトの質的調査(2016年)など。これまでの主な論⽂は、「中学⽣の理科の好みに及ぼす電気の学習の影響」(2011年)、「中学校と⼤学の連携によるエネルギーを題材とした理科学習プログラムの開発」(2011年)など。