研究レポート
Research Report

「予期せぬ偶然」に価値はあるか?(2)—セレンディピティが導くチーム創造性—

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公開2025/3/28

第1回では、セレンディピティの追求は不確実性を高め、これは不確実性の縮減を目指すマネジメントとトレードオフになることを論じた。それでも、追求する価値はあるのか? 筆者は「ある」と考える。ビジネス・ケース56編の分析からは、セレンディピティが創造やイノベーションを支える普遍的な現象であり、多様な恩恵をもたらすこと、そしてその頻度が高いほど成果も大きくなる可能性が示唆された。ただし、不確実性はセレンディピティの発生を約束しない。だからこそ、創造的なマネジメント—創造的正当化や優れたリーダーシップなど—によって、不確実性を活かすための環境を整えることが、チーム創造性の鍵となるはずである。

1.セレンディピティを追求する価値はあるか?

前回のレポートでは、「セレンディピティは、創造性の大事な源泉である」と題して、セレンディピティと創造性の関係について、不確実性に注目しながら考察した。マネジメントの主要な目的のひとつが不確実性の縮減である一方で、不確実性こそがセレンディピティの重要な土壌でもある。そのため、両者の間には明確なトレードオフが存在する。

今回は、そのトレードオフがあるにもかかわらず、それでもセレンディピティを追求すべきなのか—という問いに、筆者自身の研究成果を引用しながら答えていきたい。私の結論はこうだ。「創造性が求められる局面では、セレンディピティを追求する価値はある」。

みなさんは、どう思われるだろうか。

2.「イノベーション・マネジメントにおける偶然の研究」

私は2019~2023年にかけて「イノベーション・マネジメントにおける偶然の研究」26という題目で科研費の支援を受け、300を超えるビジネスや経営学関連の文献のテキスト分析を行った。この節では、そのうち、56編のビジネス・ケースのテキスト分析結果を紹介しながら、チーム創造性を高めるために予期せぬ偶然を追求すべきかどうかという問いに取り組んでみたい。

なお、ここから紹介する研究成果は、公刊済みの論文27,28や学会発表29,30,31に依拠していることと、それらに頂いたフィードバックを踏まえてテキスト分析を再試行していることを付記しておく。特に後者については、筆者が将来に発表する内容と本レポートの内容の間に多少の相違が生じる可能性があることをご承知頂ければ幸いである。とはいえ、「特にイノベーション創出を目指すような創造性が重要な局面では、セレンディピティは普遍的な現象であり、追求する価値がある」という基本的なメッセージは、変わらないものと考えている。

さて、上に「300を超える」と書いたが、実は簡易的なものも含めると1,200超のテキストを収集したし、目を通しただけならもっと多くの文献に当たっている。結果としてわかったのは、おおむねA4・1ページ以下の文献には「予期せぬ偶然」の記述はもちろん、個人がどのように努力したかというエピソードもあまり記述されないことがわかった。一方、A4・2ページを超える文献312件に限れば、偶然について何らかの形で記述している文献は217件を数えた。

312件の文献のテキスト分析の結果としてわかったことは、それぞれの文献の主要な関心によって、個人のエピソードがどれだけ記述されるかに大きな差があることだった。たとえば、産業レベルや組織レベルの話題では個人の記述は氏名程度に留まるため、偶然はおろか努力の記述も非常に少なかった。あるいは、当事者ではなく関係者(たとえば広報担当者)などが取材源である場合、努力のエピソードは丁寧に語られていても、偶然の記述は少なかった。こうした発見から、筆者は無作為のテキスト分析では全体の傾向はかえってつかみにくく、形式や主題が揃った文献群を比較検討する方が良いとの結論にいたった。

3.ビジネス・ケース56編のテキスト分析

そこで最終的に、筆者は56編のビジネス・ケースの詳細なテキスト分析を行った。36編は、2004年~2012年に発行された、一橋大学イノベーション研究センターの研究プロジェクト「大河内賞プロジェクト」において発行されたビジネス・ケースである(以下、大河内ケースと表記)。20編は、2020年~2022年にかけて『一橋ビジネスレビュー』誌に掲載されたビジネス・ケースである(以下、HBRケースと表記)。

大河内ケースを選んだのは、ケース全体で一定の基準が共有されているからである。これらは一橋大学イノベーション研究センターが「知識・企業・イノベーションのダイナミクス」の一環として実施した、大河内賞受賞企業を対象としたビジネス・ケース群であり32、研究開発から成果に至るまでが一貫して記述されている33

一方、HBRケースは『一橋ビジネスレビュー』誌の「ビジネス・ケース」特集に掲載された全20編で、研究開発だけでなく、戦略転換、新規事業、組織変革など多様なトピックを含んでいる。大河内ケースの一貫性と、HBRケースの多様性を組み合わせることで、セレンディピティの記述がどのように現れるかを幅広く検討できる。

重要なのは、両者とも偶然やセレンディピティを主題として書かれたケースではない点である。にもかかわらずそれらが言及されているならば、それはその普遍性を裏づける示唆となる。なお、大河内賞のビジネス・ケースにて3編、一橋ビジネスレビューにて1編、筆者(積田)が著者として関わっているが、いずれも共著であり、予期せぬ偶然を発見しようと意識して取材・執筆したものではない。

本分析は、2022年2月から6月にかけて、経営学を学ぶ大学生2名、実務家(MBA保有者)2名、博士課程の大学院生1名の協力を得て実施した。まず、大学生2名が全56編のビジネス・ケースを個別に精読し、241件の「予期せぬ偶然」を抽出した。次に、筆者と博士課程の大学院生の2名でコーディングルールを策定し、最後にMBAを保有する実務家2名にコーディングを求めた。

一般にセレンディピティと言えば予期せぬ偶然がもたらした「発見」を意味することが多いだろうが、本分析では、発見に限らずとにかく何かしらの恩恵をもたらした偶然はセレンディピティとみなした。例えば、たまたま取引先の人と仲が良かったから機材をこっそり貸して貰えた、たまたま業務に関連する趣味を持つ人材が配属されてきた、といったできごとも、セレンディピティとみなしている。これらをセレンディピティと呼ぶべきかどうかは、議論の余地がある。しかしながら、特にビジネスや経営学の文脈では、創造性には思考や発想だけでなく経営資源も欠かせないから、本分析ではセレンディピティとみなした。

また、複数の「予期せぬ偶然」が1つのイノベーションとして結実した場合、それら一つ一つの偶然をセレンディピティとして捉えるのか、それとも総合的に1つのセレンディピティとして捉えるのかという点も、議論が必要なポイントだ。本分析では、前者、「あるセレンディピティが経営資源を、別のセレンディピティが技術的ブレークスルーをもたらし、最終的に成果に至った」というふうに、一つの成果に複数のセレンディピティが貢献することもあるという立場をとった。

選択したケースや、テキスト分析の手順や内容の詳細は、積田(2024)28を参照されたい。

4.発見①:創造性が求められる局面において、セレンディピティは普遍的だ。

図表1は、1ケースあたりのセレンディピティ記述の平均値である。全てのケースがイノベーションを主題とする大河内ケース群では5.3件、そうではないHBRケース群では2.5件のセレンディピティがあった。図表2は、HBRケース群を主題別にわけて、セレンディピティ記述の平均を求めたものである。イノベーションとは限らないが創造や革新を扱った「事業創造」を主題とするケースでは、平均4.2件のセレンディピティが記述されていた。

図表1:セレンディピティ記述件数

積田(2024)

図表2:HBRケースの主題別セレンディピティ記述件数

積田(2024)

HBRケースの組織変革を主題とするビジネス・ケースでは、セレンディピティの記述はとても少なかった。この理由は、「組織やチームを、どう変革したか」と、個人ではなく組織やチームが主語になることが大きいと筆者は考えている。セレンディピティは個人が経験するものであるから、主語のレベルを大きくしたり、伝聞が重なったりするごとに、記述されにくくなってしまうからである。実際、図表3で示す通り、大河内ケースにおいても、個人レベルを視点の中心とする文献と比べて、組織や産業レベルの文献では、偶然の記述件数は少ないのである。

図表3:大河内ケースの視点別セレンディピティ記述件数

積田(2024)

これらの分析結果は、イノベーションや事業創造など、チームや組織としての創造性が求められる局面において、セレンディピティは普遍的に観察される現象であることを示唆する。いずれもセレンディピティや偶然を探ることが目的である文献ではないのに、それらが語られ、書き記されているということは、当事者や執筆者がそれらに価値を見出していたことを意味している。特に、大河内ケースやHBRケースの執筆者たちは、ほとんどが経営学や経済学の研究者であることは記しておきたい。

イノベーションや事業創造を目指す過程で生じる課題は、当然、それまでの知識や経験では解決できない新しいものが多い。そのブレークスルーやソリューションには、時には、予期せぬ偶然がもたらすセレンディピティが役に立つのである。セレンディピティがもたらすのは、科学的・技術的なブレークスルーだけではない。時には、経営資源や組織内正当性さえも、もたらすことがある。

5.発見②:セレンディピティは、様々な恩恵をもたらす。

ここからは、大河内ケース36編のうち、個人レベルで記述された19編を対象に分析を進めよう。主題やレベルが揃っている方が、傾向を掴みやすいと考えているからである。

図表4のように、本分析では、セレンディピティの恩恵を5つにわけている。

図表4:セレンディピティがもたらす恩恵と、1編あたりの記述件数

筆者作成

「タイミング」は、予期せぬ偶然—それも法律や社会経済の変化など、非常に大きな恩恵である。これは個人的ではなく、チームや組織、あるいは競合他社などにも生じる偶然である。「目的・目標」は、上司や取引先などから与えられた目的や目標が予期せぬ技術開発に繋がったなど、努力の方向性が予想外の方向に転じたことでもたらされた恩恵である。「タイミング」と「目的・目標」は、努力の前に生じるセレンディピティである。努力+ひらめきがセレンディピティだと前半に論じたし、その定義に基づけばこれはセレンディピティではないのだが、実は努力の前にもたくさんの予期せぬ偶然が作用していることがわかる。実際、事前の予期せぬ恩恵は、「運が良かった」とか「幸運」という表現をされることが多いように筆者は感じている。

「正当性」は、プロジェクトを継続したり、追加投資したりする際に必要な組織内正当性のことである。「ビジネス」・ケースであるから、あらゆる努力には成果が期待されるし、その期待が小さかったり、実現可能性が低かったり、他にもっと優れたプロジェクトがあったりすれば、プロジェクトは継続できない。従って、組織の中で正当性を得ることは、ビジネスにおけるチーム創造性の重要な前提条件である。正当性の重要性は、本分析と同じく大河内ケース群を分析し、第55回(2012)日経・経済図書文化賞を受賞した『イノベーションの理由 -- 資源動員の創造的正当化』34に詳しい。同書は正当化獲得の過程に創造性が必要であると言い、本分析ではその創造性にセレンディピティが関わっている可能性を示唆している。

「技術・知識」は、典型的なセレンディピティである。研究開発・技術開発に行き詰まったチームは、しばしば、予期せぬ偶然からブレークスルーを実現している。全てではないにせよ、多くのビジネス・ケースでこの典型的なセレンディピティは記述されていた。大河内ケース群はイノベーションを扱っているから、「企画やコンセプトは秀逸で革新的だけれども、研究開発や技術開発は難しくなかった」といった事例もあったため、全てのケースで典型的なセレンディピティが記述されているわけではなかった。

最後の「市場・顧客」は、思いがけないところから最初の市場や顧客を獲得できた、という恩恵である。革新的であればあるほどイノベーションの価値を測定することは難しくなるから、最初の顧客獲得は時に容易ではない。例えば、「社内で正当性を得られず、破れかぶれで海外のエキシビションに出展したら顧客獲得に繋がった」といった事例が該当する。

このように、セレンディピティは多様な恩恵をもたらすことが、本分析の第二の発見である。とりえわけ、正当性の頻度が高かったことは個人的に興味深い。チーム創造性が発揮されるためには、チームに創造的能力や資質が備わっているのみならず、それを発揮するための経営資源が必要であり、そして、経営資源を獲得するための正当性が必要であり、さらに、『イノベーションの理由』が論じたように正当性獲得にすら創造性が求められるのである。

それでは、様々な恩恵をもたらすセレンディピティを産み出す「予期せぬ偶然」は、どのような経路で得られるのであろうか?

6.発見④:セレンディピティは、弱い紐帯からやってくる(ことが多い)。

図表5は、セレンディピティを産み出した「予期せぬ偶然」が、どのような経路から生じたのかを示している。

図表5:予期せぬ偶然が生じた経路

筆者作成

最も頻度が多いのは、「組織内」である。これは、同じ組織の中にある他のチームや部署の人から偶然がもたらされた場合の分類である。「チーム内」、すなわち、チームのメンバーによる独自の努力(例えば、ひとりでこつこつと論文を読む、など)で偶然を得た場合の分類よりも、「組織内」の方が倍以上も多いのは、筆者にとって興味深かった。グラノベッター35の弱い紐帯(weak ties)の基本的なアイデアは、弱い紐帯こそ新しく役に立つ情報をもたらすということであるが、本分析の結果はこのアイデアと整合的であるように筆者は感じている。

どうして、そうなるのだろうか? ここから先は、まだ仮説段階で未検証だが、考察を書いてみたい。仮説の前提は、チームが一生懸命に努力しても解決できない問題は、さらに努力を重ねても、解決できないことがあるという事実である。そんな時に必要なのは、より一層の努力よりも、しばしば、冷蔵庫にスマートフォンを求めるような異質なアプローチである。その異質性は、協働で努力を蓄積して、情報や知識の共有が進んでしまったチームの中からは、生じにくい可能性がある。苦労すればするほど、マインドセットもきっと似てきてしまうだろう。そうなると、チームの努力の方向性は収束し、予期せぬ偶然が生まれにくくなってしまうのかもしれない。あるいは、予期せぬ偶然の余地を使い果たす、というような表現の方が適切かもしれない。

そんな時、チームの外部からの刺激はチームに適切な不確実性をもたらすのではないだろうか。チームや部署が異なるとはいえ同じ組織であるから、ある程度の知識や情報、言語は共有している。しかしながら、日々、取り組む課題は異なるから、異質な知識や情報を備えている。この適切なレベルの異質性が、チーム創造性に寄与する偶然をもたらすのかもしれない。同質的過ぎても、異質的過ぎてもいけない。この仮説・考察は、弱い紐帯のアイデアそのものである。

グラノベッターの提唱した研究は、賛否両論はあれど36、弱い紐帯からもたらされる情報が良質な就業に繋がる可能性を示唆している。それでは、イノベーションを扱った大河内ケース群では、セレンディピティは良質な成果をもたらしているのだろうか?

7.発見④:セレンディピティの数は、成果の大きさと関係している(かもしれない)。

本分析では、対象とした個人レベルのビジネス・ケース19編について、イノベーションの成果を分類した。分類は、MBAを保有する2名の実務家が、ケース本文の記述—つまり、執筆者の評価に基づく成果記述をもとに行った。売上など定量データによって分類できれば理想的だが、古い事例も多くてそれは難しかったため、本分析ではコーダーの分類に立脚した。

図表6は、低いに分類されたケースが少ないため、低いと普通をまとめた上で、成果の高いケースとの間で、セレンディピティの記述数を比較したものである。結果、大きな差とは言えないかもしれないが、成果の高いケースの方がセレンディピティの記述数は多かったことがわかった。

図表6:成果別のセレンディピティ記述件数

積田(2024)より、誤記修正の上、掲載37

この結果をもって、セレンディピティが多い方が成果は高くなる、とはもちろん言えない。イノベーションの過程で生じるセレンディピティと、その結果との間には、ずいぶんと距離があるし、影響する変数もあまりに多い。分析数が少ないせいもあって統計的な有意は得られなかったが、関係するかもしれない、くらいのことは言っても良さそうだ。すくなくとも筆者は、この可能性をさらに詳細に検討したいと考えており、分析をやりなおしている。

もしこの仮説が正しいとすれば、すなわち、過程でセレンディピティが多く生じる方が大きい成果に繋がるとすれば、どういう説明が可能だろうか。セレンディピティが多いということは、予期せぬ偶然をより多く、過程や成果に貢献させているということである。言い換えれば、そうでなければ成果までたどり着けなかったということであり、それだけ大きな目的や目標を描いていたという可能性である。

従来通りの既存のアプローチで解決できる問題に、偶然は不要だ。不確実性を排除し、効率的に合理的に、既存のアプローチを繰り返せばよい。ただし、既存のアプローチの繰り返しで解決にたどり着けるならば、おそらく他の誰か—ビジネスの世界であれば競合他社も、自分たちと同様に解決にたどり着いてしまうはずだ。もしそうなら、技術的・科学的に優れた成果であっても、ビジネスの観点からは成果は小さくなってしまう。競争が生じて、価格が下がってしまうからだ。

一方、セレンディピティがなければ解決できないような問題であれば、競合他社が同じ解決に至る可能性は小さくなると期待できるから、自分たちだけが過程を完了できる可能性は高くなる。オリジナリティの高い、創造的なプロダクトやサービスができあがるということだ。もちろん商業的な成果も大きくなると期待できるから、ビジネスの観点からはこの方がより良いということになる。

仮説に仮説を重ねた考察だから、まだまだ科学的な信頼はない。しかしながら、読者の中には、納得してくれる方も少なくないのではないだろうか。特に、不確実性の縮減を求められる、マネジメントされる側の読者にとって。

8.チーム創造性を高めるために、セレンディピティをマネジメントしたい。

イノベーション・マネジメントを専門とする筆者は、しばしば研究者や技術者の方々と話をする機会がある。あまりつまびらかにすることは避けるが、話の中で、しばしば、上層部の無理解が語られることもある。例えば「最近は、発表しないと学会に行く費用が貰えないんですよ。毎回毎回、発表なんかできるわけないのに」というふうに。

先ほどは触れなかったが、セレンディピティの由来の「その他」(図表6)は、チームのメンバーの個人的なネットワークに由来するものであり、学生時代の先輩後輩、会社の同期、そして学会活動などである。バリエーションが様々であったのでその他としたが、個人的なネットワークをチーム創造性に貢献させうるのはチーム内の個人であるから、図表6の「チーム内」と「その他」を合算すれば、「組織内」の値に近付いていく。

「チーム」という言葉はグループダイナミクスやグループダイバーシティなどを連想させやすいが、協働の内容次第では、個人個人がそれぞれ個別に活動する時間も少なくない。スモールスタートでイノベーションを目指すような場合には、役割がしっかりと分担されることも多いから、なおさらである。このような局面では、チーム創造性を高めるために、個人の創造性を高めることが有効な手段なのである。そして個人の創造性には、これまで見てきたように、しばしばセレンディピティが関わるのである。このことを直観的にわかっているから、発表がなくても学会に行くことには価値がある(こともある)。

とはいえ、マネジメントをする側からすれば、部下に不確実性の縮減—無駄や余剰の排除を求めないわけにもいかない。研究開発や技術開発、新規事業創出などの成果の見えにくい活動、それはつまり創造性がより強く求められる活動は、節約のプレッシャーにさらされやすい。「せめて発表してくれないと、学会には行かせられないよ」と、言いたくなくても言わなければならないことだってあるだろう。

この項のタイトル「不確実性が、費用とセレンディピティを産む」は、より厳しく書けば、「不確実性が、確実な費用と、不確実な成果を生む」となる。確実な費用と不確実な成果の間のトレードオフは、容易には解決できなさそうだ。私たちは、何ができるだろうか?

9.保護、逸脱、隠匿で、組織から不確実性と時間を得る。

一つの方法は、トップの保護を得ることである。トップの保護を得ると、ヒト・モノ・カネなどの経営資源に加えて、時間という猶予を得られることも大きい。予期せぬ偶然から創造的成果を得るということには、サイコロを振り続けて希望の目がそろうのを待つような側面がある。すぐに出る場合もあるが、時間がかかることももちろんある。企業においては時間とともに人件費が加算されていくから、たとえ殆ど金銭的費用を要さない活動であっても、ずっと続けることはできない。不確実性とともに、その不確実性を探索するための時間も、重要な土壌なのである。保護は、トップダウンの意思決定の他に、有力な顧客を見つけることでも得られる。有力な顧客がいるということは、成果が少しは保証されているということになるから、セレンディピティを求める活動も正当化されやすくなる。

また別の方法は、逸脱である。経済的に測定できない効果を持ちだして、プロジェクトの可否の判断の場から逸脱することができれば、プロジェクトには時間的猶予が与えられる。カシオが世界初の液晶画面付きデジタルカメラのQV-10は、電卓の需要減少に伴って液晶事業の将来が不安定になっていた時に、上手くいっているとは言いがたかったデジタルカメラの開発チームが液晶部門の使途拡大を社内にアピールしたことで、プロジェクトに経営資源が投下された結果として生まれたのである38

また、隠れて経営資源を使う、という方法もあるだろう。時間外にこっそり研究設備を使ったり、勉強会という名目で別の活動をしたり、といった手法は、アンダーテーブル(under the table)という表現でよく知られている39。ガバナンスがますます強化されつつある今日、この手法がどこまで可能かはわからないが、有効性自体はあるだろう。

いずれにせよ、目の前の問題を創造的に解決する前に、目の前の問題に取り組むために必要な保護を得る努力をすることも、チーム創造性を高める間接的な方法であることは理解しておきたい。保護の獲得とは、正当化の獲得のことである。『イノベーションの理由』をぜひ、参照されたい。

10.チームでセレンディピティを追求する。

組織からチームに対して不確実性の余地と時間が与えられたら、今度は、チームでセレンディピティを追求しなければならない。探索範囲を押し広げ、片端から可能性を検討していくような力業が、実はセレンディピティには有効なのだ。サイコロを延々と、だができるかぎり効率的に、降り続ける必要がある。重要なのは、自分がサイコロの目を狙い通りに出せた後、まだサイコロを振り続けているチームの仲間を見守ることができるかどうかである。急かしたり、経営資源の浪費をとがめたりしては、セレンディピティは追求できない。

どうすれば、チームのメンバー同士がセレンディピティの追求を認め合い、助け合うことができるだろうか。例えば、心理的安全性やオープンネスなどのコンセプトが、この問いにフィットしそうだ。知識を教え合うことが役立つなら、組織市民活動や利他性などのコンセプトも、関係しているかもしれない。できるかぎり多様性の高いチームを編成すれば、自ずと、探索範囲も広く構えることができるかもしれない。創造的な成果を追求するという先の見えにくい仕事の中で情熱を失わないよう、適切なリーダーシップを発揮することもまた有効だろう。セレンディピティのマネジメントも、要素を分解していけば、最後は個人やチームのマネジメントに還元されていく。

このあたりについては、筆者はまだ具体的な知見を自らの研究成果からは得ていないので、チーム創造性の大家であるアマビールの書籍『マネジャーの最も大切な仕事——95%の人が見過ごす「小さな進捗」の力』40から一節を引用して、本レポートを終えよう。いずれは筆者自身の研究成果から何かを明らかにしたいと思うが、現時点では、この書籍を引用することが真摯であるように思う。創造性を要求される局面に限らず、いつであっても大切な目指すべきマネジメントやリーダーシップが、こう書かれている。

人は、自分の組織やリーダーをポジティブに捉え、協力的で、協働的で、新しいアイデアにオープンで、新しいアイデアを公正に育んだり評価し、革新的なビジョンを重んじ、創造的な仕事を積極的に称えるものだと考えるとき、より創造的になっていた。言い換えると、たとえ最終的に実行不可能なものであっても新しいアイデアが大切なものとして扱われるとき、人はより積極的に意見を出していた。

チーム内のコミュニケーションは、最初の不確実性である。その試行回数が増えることは、セレンディピティが生じる可能性を高め、チーム創造性を高めるのである。にぎやかで、「はさみの神様に頼んでみる」ような不確実性を許容できるチームの創造性は、きっと高いはずだ。

26 https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19K01845/
27 積田淳史. (2020). イノベーションとセレンディピティ:ビジネスケースの探索的テキスト分析. 武蔵野大学経営研究所紀要, 2, 95–116.
28 積田淳史(2024)ビジネスにおけるセレンディピティは普遍的か?:ビジネスケース56 編のテキスト分析.成城大学社会イノベーション研究.19(1-2), 67-80.
29 積田淳史. (2019 年8 月22 日). セレンディピティはイノベーションにとって重要か?:大河内賞プロジェクト・ケースの探索的分析. IIR サマースクール2019 にて発表.
30 Atsushi TSUMITA. (2023 年8 月29 日). Does innovation require serendipity? An exploratory textual analysis of business cases. IIR Innovation Research Workshop 2023 にて発表.
31 積田淳史. (2024 年6 月23 日). 偶然が産み出すクリエイティビティとイノベーション:ビジネスケースの探索的テキスト分析. 組織学会2024 年度組織学会研究発表大会にて発表.
32 大河内賞ケース研究プロジェクト-成果, https://www.iir.hit-u.ac.jp/blog/2012/03/30/大河内賞ケース研究プロジェクト-成果, 2023 年12 月10 日確認.
33 武石彰, 青島矢一, & 軽部大. (2012). イノベーションの理由:資源動員の創造的正当化. 有斐閣.
34 有斐閣( n.d. ) イノベーションの理由 -- 資源動員の創造的正当化.
https://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641163928
35 Granovetter, M. S. (1973). The strength of weak ties. American Journal of Sociology, 78(6), 1360–1380.
36 神吉直人, (2021).「The strength of weak ties」が拓いた地平, 研究 技術 計画, 36(3). 308-311
37 積田(2024)では、正しくは「低い:2 編、普通:9 編、高い:8 編」であるところ、本文や図表中で「高い:9 編」と記していた。筆者の単純な誤記である。お詫びして訂正したい。
38 公益社団法人発明協会. (n.d.). 自動改札システム. 産業技術史資料データベース イノベーション100 選.
https://koueki.jiii.or.jp/innovation100/innovation_detail.php?eid=00095&age=present-day&page=keii(2025 年3 月9 日閲覧)
39 Abetti, P. A. (1997). The birth and growth of toshiba’s laptop and notebook computers: A case study in Japanese corporate venturing. Journal of Business Venturing, 12(6), 507–529.
40 Amabile, T. M., & Kramer, S. J. (2017). マネジャーの最も大切な仕事——95%の人が見過ごす「小さな進捗」の力 (金井壽宏 & 山口裕子, Trans.). 英治出版.(原著出版年 2011 年)

積田 淳史

プロフィール

成城大学社会イノベーション学部 准教授、博士(商学)。 イノベーション・マネジメントを専門とし、オンライン・コミュニティ、チーム、組織といった集合的な創造性に関心をもつ。近年は、創造性が求められる局面におけるマネジメントや、「偶然のできごと(幸運・セレンディピティ)」の創造性への貢献に着目して研究を進めている。主な業績に『オンライン・コミュニティにおける協働と調整』(2017年、論文)、『研究開発組織における個人の創造的成果』(2018年、学会発表)、『KDDI: au design projectがめざしたデザインケータイによるブランド刷新』(2020年、ビジネス・ケース)などがある。