道徳の教科化 道徳は「揺れる」ことが大切? 小学校の教育

今回の学習指導要領改訂(2018年度から移行措置期間、2020年度から小学校で完全実施)による小学校での教育の大きな変更点は、「外国語を、小学校5・6年生から教科とする」「道徳を教科とする」「プログラミング教育を導入する」の三つです。

新学習指導要領作成の中核的メンバーである、奈須正裕先生(上智大学)に、今回はこの三つの変更点のうち「道徳の教科化」についてうかがいました。

なぜ「道徳」を教科に?

道徳は、教育課程の中で、「特別活動」や「総合的な学習の時間」と共に、広い意味での「生活教育」を担う領域です。学級会や児童会、学校行事といった「特別活動」は集団としての学校生活を自分たちでより良いものにしていく「暮らし」の勉強です。また、「総合的な学習の時間」は環境問題や地域活性化の問題などを子ども主体の探究的な学びとして展開していきますが、これはヨーロッパなどで盛んなシティズンシップ教育、つまり「市民」になっていくための勉強といえます。そして、道徳は、人間として倫理的に望ましい姿や自分としてそうあるべきだと思う姿を考え、現にそういう自分になっていくための実践力を育む勉強ですね。

戦前は「修身」という形で、社会が望ましいとする人間像を教え込む授業がありました。修身は軍国主義との関わりなどから批判され、戦後は停止されます。戦後は社会科を中心に全教育課程を通して、子ども自身に生き方を実践的に考えさせる取り組みがなされましたが、昭和30年に、「道徳」の時間が、その要として独立して設けられます。ただし、人間の生き方に「正解」はありませんし、他の教科のように数値的な評価はつけられないことなどから、教科にはなりませんでした。

では今回、なぜ道徳が教科化されることになったのでしょうか。
きっかけの一つにいじめ問題があります。
いじめや自殺の問題に際し、子どもたちに生命を尊重する感覚や倫理観が育っていないのではないかという議論があったのです。また、教科でないゆえ、地域によって取り組みにばらつきがあるという問題もありました。そこで、教科として週1回、年間35時間きちんと授業を行い、教科書も作ることとなったのです。ただし、これまでと同様、数値的な評価の対象とはならない方針です。

二つの「正解」の間で揺れる体験を

これまでの道徳の授業といえば、副読本や道徳のテレビ番組を材料に話し合うというものが多かったと思います。また、話し合いといいつつ、実際は「うそはいけない」「親切は大切」といった答えるべき「正解」が透けてみえていた、という印象をおもちの方も多いようです。たしかに、命や人権の大切さなど、大人が子どもにしっかりと教えるべきこともあると思います。
しかし、道徳や倫理観が問われるのは、多くの場合「正解」が一つに決まらない場面です。

たとえば、小学校2年生の次のような実体験を材料にした授業がありました。
親せきを家に呼んでもてなすため、お母さんが料理を作っています。おばあちゃんは量が足りないのでは? と心配します。「残り物が出てはもったいない。お客様も残さないよう、無理に食べて気分が悪くなるかもしれない。作り過ぎず、適量のご馳走を出すのが良いおもてなし」というのがお母さんの言い分、おばあちゃんは「お客様に足りないのでは?と気を遣わせるのはよくない。余るくらい作るのがいいおもてなし」だと言います。こんなとき、あなたならどうするかという内容です。

お母さんとおばあちゃん、どちらの言い分にも「利」はありますね。「予算を切り詰めたい」というお母さんの思惑や、親せきに対するおばあちゃんの見栄など、「おもてなし」以外の要素も絡んできています。誰にとって何がいいおもてなしか、子どもたちは様々な視点から考えて話し合い、迷いながら自分なりの答えを出していきます。

このように、複数の選択肢の間で「揺れる」体験がとても大切です。「揺れる」ことで、自分はどんな理由で何を選びたいのかを見つめ直すことができます。また、自分とは違う選択をした友達の考えに耳を傾け、賛同はできないけれど理解はできるという経験や、その大切さに気付くことにもつながります。

「教える」より「揺れる」「考える」道徳へ

今後の社会では、グローバル化や価値観の多様化がいっそう進むとみられます。異なる価値観や倫理観をもつ人と共に生きていくためには、「賛同はできないけれど理解はできる」という感覚が必要です。異なる生き方や価値観に触れることは、時に受け入れがたい違和感を引き起こす場合があります。そのような気持ちの「揺れ」が、理解の幅を広げることにつながるのです。むしろ、大人が一方的に「異なる価値観の人を受け入れなさい」と教えるのは、自分の中の違和感から目をそむけさせてしまう危険性があります。

今後の「道徳」は、「教える」よりも、気持ちが「揺れる」体験を通して、自分はどう生きたいか考えさせることを大切にする方針です。もしかしたら、保護者の方は教科書や授業を見て「何を教えたいのかよくわからない」とお感じになるかもしれません。多文化共生社会を生きるためには、様々な価値観に揺さぶられる体験が必要であるとご理解いただき、ご自身ならどうするか「揺れてみる」ことを、お子さまと共に楽しんでいただければ幸いです。

プロフィール


奈須正裕

上智大学総合人間科学部教育学科教授。新学習指導要領の作成に携わり、中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会をはじめ、教育課程企画特別部会、総則・評価特別部会などの委員として重要な役割を担う。著書に『「資質・能力」と学びのメカニズム』(東洋館出版社)など。

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