鴎友学園女子中学校1年生 Tさんのお母さま

今回は、ご長女が鴎友学園女子中学校に進学されたお母さまにお話を伺いました。6年生の2学期までクラブ活動のバスケットボールを続け、受験勉強と両立させて、見事第一志望校に合格しました。ご家庭ではどのようにフォローされたのでしょうか。(2009年11月19日)


profile
鴎友学園女子中学校1年生
Tさん

東京都在住。
Tさんは、2009年4月に鴎友学園女子中学校に入学。現在中学1年生です。ご両親と現在小学4年生の妹さんの4人家族。おっとりとしていながら意志は強く、小学校のクラブ活動を6年生の秋まで続け、受験勉強と両立させました。「中学に入ったらクラブを思いきりやりたい」という希望をかなえて、今はとても充実した中学校生活を送っています。

勉強を横に座って教えるということはなく、あくまでサポート役に徹し、できるだけ子どもの意思を尊重。テスト結果や塾のクラスの上下をなるべく気にしないように心掛けた。

中学受験を考えられた経緯から教えてください。

小学校入学時から、中学受験はさせようと思っていました。周囲も受験を考えているかたが大半の小学校でしたので、娘自身もそうするものと思っていたようです。
小学3年生の2学期に、中学受験のための塾をあたりました。家の近所には、大手塾から小規模塾までそろっていましたので、いくつか見学をしてSAPIXに決めました。理由は、能力別クラスが細かく編成されていること。大人数のほうが適正な力が測れると思ったからです。


塾に通い始めてからの生活はいかがでしたか?

娘は小学校でバスケットボール部に入っていて、週4日練習がありました。本人の優先順位はバスケットが1番だったので、塾に通い始めてもその気持ちは大事にしてあげたいと思いましたが、練習に出ると塾の始まる時間に間に合わないのです。そこで、塾のある日は私が学校まで迎えに行って、車の中で軽食をとらせながら送っていく、という生活を続けました。
結局、バスケットボールは6年生の秋まで続けました。それまでは、毎日朝練もあったので、正直「この朝の1時間を勉強に向けられたら」と思わなくもなかったですが、娘は「バスケを続けていなかったら、ここまでがんばれなかったと思う」と言っています。体は疲れても、バスケットボールをしているほうが、気持ちはすっきりとして勉強に集中できたようです。

最後は、11月の引退試合が模試と重なってしまいまして、それをきっかけに、バスケの練習に出るのをやめて受験勉強だけに集中しました。
私としては、この試合に出るかどうかは、最終的には本人の判断に任せようと考えていました。娘はキャプテンをしていたこともあり、その試合にも出たいのだろうと思って、「今大事なことはどっちか、自分で考えて決めなさい」と話したのですが、自分で模試を受けることを選択しました。その頃には、受験に対して真剣になっていたのでしょう。塾の友人ともいいライバル関係にあって、あの子ががんばっているのだから自分もがんばらないといけないと言っていましたね。
小さい頃は、いちいち私に伺いを立ててから行動するような子でしたが、大きくなるにつれて、私が仕切っても自分のペースで行動するようになり、私はいつの間にかフォロー役に変わっていましたね。受験を通して精神的に成長したと思います。


志望校はどのように決めましたか?

娘は附属小学校のない女子校がいいと言っていました。私も女子校がいいかなと思っていましたが、娘を知る知人からは、「Tさんは共学のほうが向いているんじゃない」と言われたりもしました。主人は共学もいいのではという意見でした。
そこで、まず私が通学可能な範囲の中から、いろいろな学校を見学に行きました。延べ30校近く見たと思います。その中から7、8校に絞って、本人を文化祭に連れて行きました。なかには第一印象で「ここはいや」という学校もありましたね。娘は元気のいい学校がよかったようです。

4年生の頃は、目標とする学校を見つけてほしくて御三家にも連れて行きました。鴎友は、最初から親子共に印象が良かったです。進学実績も伸びていて、お嬢さま学校すぎない校風の女子校で、在校生も元気があって、雰囲気はとても娘に合っていると思いました。
その後、進学相談会で鴎友の先生とお話する機会があり、娘が「中学校に入ったら部活と勉強をがんばりたい」と言ったところ、「それなら、うちの学校はぴったりかもしれませんね」とおっしゃって。それを聞いてますます気に入ったようでした。
鴎友に入りたいと思ったら、目標はもっと上にもたないといけないのでは、と私は言ったのですが、娘は一貫して、鴎友がいいと言い続け、6年生の秋からの志望校別クラスでは、迷わず「鴎友コース」に入りました。


成績はどのように推移しましたか?

塾では、真ん中あたりのクラスを行ったり来たりという状態が続きました。テストの偏差値を見て、正直がっくりすることはありましたが、数字ばかりを気にしてもしかたないので、気にしないようにはしていました。点数は経過にすぎないので、その結果で子どもをしかるつもりはなかったのですが、子どもに言わせると、不機嫌にはなっていたようです。頭ではわかっていても、本音ではやはりやきもきしていたのだと思います。

塾の課題も相当な量があるので、基本的にはそれをこなすだけでも大変でした。娘は4教科の中では算数が得意なので、最初は算数ができていれば理科と社会はあとからでもなんとかなると思っていたのですが、6年生の夏になっても知識が不足していて、理社が足を引っ張っていたので、『四科のまとめ』というテキストなどを買って、私が決めた計画に沿って、夏休み中の家庭学習の課題としてやらせたりしました。しかし、夏休みが終わった時点で結局予定どおりには終わらず、そのときは焦りましたね。

でも、最後は子どもの底力を感じました。9月の四谷大塚の模試では鴎友の合否判定結果が20%だったのですが、回を重ねるごとに、成績が伸びていきましたね。11月にバスケを辞めてからはさらに伸びて、12月には合格圏に入る点数がとれるようになってきたのです。バスケを辞めて時間ができたこともありますが、気持ちを切り替えて勉強に集中できたのではないでしょうか。1月に入ると模試がないので、客観的にはわかりませんが、直前まで伸びていたのだと思います。入試直前は自信をもたせたほうがいいといわれますが、娘は危機感をもったほうががんばれる性格で、「きっと大丈夫」と言うと、娘自身も「そんなこと言ったら安心しちゃうからだめ!」と言うので、最後まで「あと一歩、もう少しだ」と励まし続けました。


プロフィール

中曽根陽子

教育ジャーナリスト、「登録スタッフ制企画編集会社<ワイワイネット>」代表。塾取材や学校長インタビュー経験が豊富。近著に『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)。

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