吉祥女子中学校2年生 N・Hさんとお母さま

今回は、吉祥女子中学校に進学されたご本人とお母さまにお話を伺いました。広島県在住時に受験準備を始め、お父さまの転勤に伴って6年生で東京に転居。環境が一気に変わるなか、前向きにがんばりました。(2009年9月17日)


profile
吉祥女子中学校2年生
N・Hさん

東京都在住。
Nさんは、2008年4月に吉祥女子中学校に入学。現在中学2年生です。小学1年生から5年生まで広島で暮らし、4年生から全国展開する塾を選んで通い始めました。6年生のときにお父さまの転勤に伴って東京に転居・転塾し、受験をされました。「第一志望校ではなかったけれど、入学してみたらいちばん合っている学校だった」そうです。今は陸上部に所属する傍ら、学校の課外授業で声楽のレッスンにも励んでいます。

4年生から入塾し、受験準備を始めたものの、6年生で東京に転居。学校も塾も一度に変わったが、持ち前の精神力で乗り越えた。

中学受験を考えられた経緯から教えてください。

お母さま

当時、主人の仕事の関係で広島に住んでいましたが、またいつどこに転勤になるかわからないという状況でした。とりあえず受験の準備はしておこうかと考えていましたし、娘も「塾に行きたい」と言ったので、4年生の課程が始まるときに入塾しました。塾は転勤になっても困らないように、全国規模で展開している日能研にしました。


Nさん

私は受験をするから塾に行くとは特に思っていなくて、おもしろそうだったので、行きたいと言ったのだと思います。



塾に入ってみて、どうでしたか?

Nさん

小学校の勉強を難しいと思ったことはなかったので、自分は勉強ができると勘違いしていました。塾の勉強は学校とは違ってけっこう難しいので、塾に入った当初は、2クラスのうち上のクラスの真ん中あたり。「案外できないんだな」と思いました。


お母さま

日能研は成績によって、クラスも席順も変わるのですが、娘はあまり細かいことを気にしないし、落ち込まないタイプなので、かえってそのほうが励みになっていいだろうと思いました。


Nさん

それほどプレッシャーには感じていなかったと思います。だいたい、落ち込んでもひと晩寝たら忘れるタイプなので(笑)。


お母さま

私のほうが気にするかも。


Nさん

でも、成績は上げたいと思っていたので、テスト前は詰め込んで夜中の2時頃まで勉強していました。


お母さま

テスト前は大変でしたね。私もつきあって起きていました。娘は社会が苦手なので、4年生のときは私が要点をまとめて、それを覚えたかどうかのチェックをしていました。


Nさん

宿題がたくさんあって、こなすことで精一杯だったから、要点をまとめてくれたのは助かりました。



いつ頃から受験を意識するようになりましたか?

Nさん

5年生になった頃です。周囲の友達もどこを受けたいかなどを話すようになるので、「今やっている勉強は、受験のためだ」と意識するようになりました。でも、私はまだ具体的に受けたい学校というのはなかったです。


お母さま

親も、いつ、どこに転勤になるかわからないわけですから、どこに照準を合わせていいのか、見当がつかなかったのです。しかし、中学受験をするということに対しては、その頃には気持ちが固まってきていたのだと思います。



プロフィール

中曽根陽子

教育ジャーナリスト、「登録スタッフ制企画編集会社<ワイワイネット>」代表。塾取材や学校長インタビュー経験が豊富。近著に『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)。

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