「親子で考える 12歳の学校選択」

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わたしが考えるいい学校とは?

各界で活躍される専門家が考える「いい学校」とは? リレー形式のコラムでお届けします。


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[ 第3回 ] 誰にとっても「いい学校」なんてない
玄田有史

いい学校って、あるんだろうか。
私は、ない気がする。少なくとも誰にとってもいい学校というのは、小学校から大学を通じてないと思う。いい学校かどうかは、個人によって違うだろう。

しょせん、それがいい学校かどうかは、その看板やブランドではなく、子ども本人と生徒(学生)や先生との関係によって決まる。だが、同じ学校でも学年によって雰囲気は全然違うし、いい先生がいたとして、いつまでも勤めているわけではない。ウマが合う先生や友達がいれば、その学校に通うことは楽しいものだが、それもほとんど偶然であって、自分で選びきれるものではないのだ。

私は労働経済学を勉強してきたが、どのような会社が、働くうえでいい会社なのか、今でもよくわからない。それでも誰にとってもいい会社など、どこにもないことだけはわかる。とある有名企業の人事のプロはこう言った。「問題のない会社なんて、ないんです。それぞれに問題があって、こんな問題だったら耐えられるっていう、そういう会社に勤められれば、幸せだと思いますよ」。この話はそっくりそのまま、学校選びにも当てはまる。

では、その学校がどんな問題を抱えているのか、親には前もって、わかるものだろうか。事件や不祥事が報道されるような学校なら、わかるかもしれないが、多くの場合、外から学校内部のことはわからない。それに過去に問題を起こした学校であったとしても、先生や地域の人たちが努力して生まれ変わる学校だってある。

そのなかで、学校の姿を象徴的に感じる機会があるとすれば、代表である校長の言葉だ。最近は、学校のホームページなどで校長の話が出ていたり、地域によっては入学前に校長による事前説明会が行われるところもあるらしい。学校で子どもに何らかのトラブルが起こったとして、守ってくれるのも、反対に突き放されるのも、最終的には校長の度量と経験、それに基づく判断力によるところが大きい。

この校長に自分の子どもを賭けられるか、母親も父親もいろいろな機会を通じて、自分のセンサーを最大限研ぎ澄まして感じてみる。その言葉や風情が生理的に合わないなら、どんなに有名な学校でもやめるべきだ。親が生理的に合わないものは、子どもも基本的に合わなかったりする。

それでも慎重に選んだはずの学校で、子どもにとってつらいことは起こり得る。そしてそれは、その学校が合わないのではなく、学校というシステムそのものが合わないことだってある。とすれば、不登校への公的対応、フリースクールや子ども支援のNPOなどの情報を確保することも大切になる。

学校とうまく交われない子どもを支える組織にも出会ってきた。学校という組織にとらわれることなく、どこであってもウマが合う大人に出会えれば、子どもはちゃんと自立していく。いい学校に行くことだけが人生じゃないと、心の底からわかる日も来るだろう。

いい学校なんて、考えなくても大丈夫なのだ。


次回は、日本誕生学協会代表理事 大葉ナナコさんが考える「いい学校」です。

玄田有史さんのプロフィール
1964年島根県生まれ。東京大学経済学部を卒業し、現在は東京大学社会科学研究所助教授。専攻は労働経済学。著書に『仕事のなかの曖昧な不安〜揺れる若年の現在』(中央公論新社、サントリー学芸賞、日経・経済図書文化賞)、『ジョブ・クリエイション』(日本経済新聞社、労働関係図書優秀賞、エコノミスト賞)、『ニート フリーターでもなく失業者でもなく』(共著、幻冬舎)、『14歳からの仕事道(しごとみち)』(理論社)などがある。


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