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Benesse発 2010年「子どもの教育を考える」
このコーナーでは、教育のあるべき姿をBenesse教育研究開発センターと、皆さんと共に考え、創りあげていきます。
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『Benesse発2010年「子どもの教育を考える」』更新終了のお知らせ

『Benesse発2010年「子どもの教育を考える」』は、2010年3月31日をもって、更新を終了させていただきました。
これまでたくさんのアクセスをいただき、ありがとうございました。

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特集
新しい時代における学力を考える

[ スペシャルインタビュー ]

生きる力を育む[3つの力]と[お手伝い至上主義]

〜「制限と自由」を与えていますか?〜

三谷宏治 K.I.T.(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授

もう1つの「発想力」は、どのようなことで育つのでしょうか。

 「発想力」は「不思議なモノを見つける力」と「その不思議を解明する力」に分かれます。

 「不思議なモノを見つける力」は、ネタをみつけるセンスや視点を鍛えるのですから、おもしろい視点を持つ人たちとたくさん接したり、不思議なものをいっぱい見たりすることが必要になります。そして、なぞなぞや頭の体操を繰り返すことで、「ああ、そういうものか」とわかってくるのではないでしょうか。

 また、「その不思議を解明する力」は、ネタをさらにいいものにするにはどうするかという、実務的な要素がからんできます。ネタの広げ方、分解の仕方などを鍛えることが大切です。

 おとなの例になりますが、K.I.T.の講義で、だれかが新しいお弁当のアイデアとして「徹夜向け弁当」を発表しました。これはネタですね。私はそれを聞いて、このネタの本質は「何らかの状況に対して」「対応するための」「食品」だなと考えました。そうするとこのネタは「シリアスな状況に、陥らないための、弁当」となります。

 ネタの「徹夜向け弁当」のままだと、どうしても徹夜に限定されてしまい、マーケットが小さくなります。それよりもう少し広い「残業しそうなときに、そうならないように、食べるランチ」にするのが、ビジネス的にはいちばん需要があるのではないか。というわけで、「昼からパワーアップ弁当」とか「効率5倍弁当」という方向性もあるなどと、どんどんネタは拡がっていきます。これは、具体的なアイデアを少しだけ抽象的なレベルにかえてみて、発想を広げている例になります。

 このようにネタから広げていく「発想力」は訓練で鍛えることができますが、ほとんどの人はその訓練をしたことがないから、ネタはネタのまま、止まってしまうんですね。「それ面白いね」で終わっては、発想を実際に社会で活かすことはできないので、どう活かすかまで実践できるようにしたいものです。今、私はコンサルタント時代の研修ノウハウを活かして、子ども相手に「決める力」や「発想力」を育てる活動をしています。そういう場が、もっともっと多くなることが必要と思います。

「3つの力」を家庭で育てようとしたとき、どのようなことが壁になるとお考えですか。

 実はいちばん大切でいちばん難しい部分が、「勉強至上主義」から「お手伝い至上主義」に優先順位を変換することです。

 最近の新入社員には「気づかない、ダンドリが悪い、感謝しない」タイプが多いのですが、つきつめると実は「お手伝いができない・しない」ことにつながります。家庭でお手伝いの経験がないから、社会に出ても上手に活動にかかわれない。そこで新卒の採用基準を「お手伝いをしてきたかどうか」にしようとしている企業もあるほどです(笑)。

 これは、家庭での優先順位の第一位が「勉強」で育ってきたからでしょう。そして「お手伝い」の順位は、「勉強をしたらゲームをしていい」というふうに、保護者自身がずっと下に設定してきた。これでは、大人になっても他人の「お手伝い」が上手できないのは仕方ありませんし、「勉強(=言われた仕事)だけ出来れば良いんでしょ」という誤った価値観を子どもに与えることになってしまいます。

 社会はそんな単純なところではない。そんな歪んだ価値観を与えることだけは、避けなくてはいけないと、思います。


図


 勉強ができることを否定はしませんが、勉強ができる「だけ」では、社会において魅力や価値のある人間とは映らないですよね。それよりも、意欲があり、意思決定能力があり、発想力もあるという[3つの力]を持つ人のほうが、大切にされます。そしてこういった人間としての「魅力や価値」は、実は子どものころから「お手伝い」をさせることなどで、家庭で養うことができるのです。

 優先順位の第一位を「お手伝い」にするには、保護者が「勉強しなさい!」とのみ叫び続けないことです。そして「お手伝いをちゃんとしないのなら、学校へ行かなくてもいい!」と言い切る勇気を持つことです。そんなことしたら子どもが勉強しなくなっちゃうと不安がられる保護者の方も多いですが、そうでしょうか。お手伝いはちゃんとするけれど、勉強は全くしない、という子はほとんどいないと思いますよ。

 私の親は八百屋だったので、家業を子どもたちが手伝うことは当然の環境でした。勉強しなさいと言われたことは一度もなく、手伝いを強制されたこともありません。しかし、家業を手伝わないことは自分の存在意義を否定されることに直結していたので、好むと好まざるとにかかわらず、とにかく子どもたち全員がやっていました。このような家業があれば、子どもたちもお手伝いの大切さや、10円の積み重ねで生活できていることが実感できますし、親を自然と尊敬するでしょう。しかしサラリーマン家庭では、そうは行かない。自分の仕事を手伝わせるわけにもいかないので、家事を手伝わせるなどの工夫をするしかありません。

 うちの娘たちにも、各人にお手伝いのミッションを与えており「お手伝い(家事)ができないなら、学校へ行かせない」と言っています。子どもの性格によっては、食器洗いに何時間もかかったり、下手をすれば翌日まで流しに置きっぱなしにしていたりして(特に妻が)イライラもしますが、そこはぐっと我慢です。出来る限り口出しはしません。ただ、「食器洗いが済まないと、学校はおろか、ほかのこともできない」というルールだけは譲りません。

最後に読者の方へのメッセージをお願いします。

 現代は、誰も経験したことのない世界に突入しています。昔と同じようにすればいいのではあれば、やっているうちにわかるから、“Just do it!”と言っていればいい。でも今は未知の問題が多すぎます。だから、自分で情報収集して自分で決めていくという力や姿勢がないと、生き残ることすら出来ない。自身の決める力や発想力を磨くことが、もの凄く大切な時代なのです。

 子どもは本来そういう力を持っていますが、学校も保護者も、みんなと同じように宿題しろ、きちっと座れ・歩けと強烈に要求する。その一方で、必要以上にお金やモノを与えてしまい、その結果、あっという間に意欲を失い、決める力も発想力も育たなくなってしまいます。

 家庭では、「暇と貧乏と仲間」を与えてあげてほしい。これらがあれば「意欲」のもととなりますし、「制限と自由」も設定できます。「制限」はいまの日本では、お金とモノがまず思いつきますが、門限のような行動にしてもいいと思います。「自由」はなんといっても時間的「自由」。そして、自分で決めさせる「自由」もあります。「あなたが決めなさい」と言っておきながら、決めたことを否定したり、責めたりしないでください。子どもが選び決めたことは、たとえ失敗しても必ず大きな学びにつながります。保護者の仕事は、フォローを考えておくことであり「大変だったね」と言ってあげることではないでしょうか。

 会社や組織でもそれは同じです。ただ、大人になってからでは、遅すぎる。

 子どもたちが未来を生きていくために必要な力を、どうやったら育んであげられるのか。それを一人一人にあった形でちゃんと成しうるのは「家庭」だけです。子どもを甘やかすことなく、そして、子どもに甘えることなく、一度じっくり考えて頂きたいなと思います。

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